2011-05-08

いまどきのデモ事情

僕は自分が「反原発」という立場なのかというと、まだよくわからないところがある。地震の可能性がかなりの高さで予測されていて、しかもその立地が海沿いで、津波にたいする防御が十分とはいえず、さらにもし一旦事故が起こったら、首都圏がまるまる放射能汚染の被害にあいかねない浜岡原発については、一刻も早く停止することが必要だし、その他の原発についても、きちんと調査をして、危険性が高いものについては、停止するなり何なり、きちんと必要な措置をとらないといけないとはおもう。「絶対安全」であるはずだった原子力発電所が、あれだけの壊滅的な事故を起こすのを目の前で見て、その安全性や、これまで施されてきた対策について、疑いをもたない人間は、頭がおかしいだろう。

そういった当面の対策については、それは当然のこととしてやってもらわないといけないが、それではその先、中長期的に考えて、原子力発電所や、もっと広く「エネルギー」の問題について、どう考えていくべきなのかということについては、僕には今の時点で、まだ「これ」といえるような、はっきりとした考えはない。すべての原発を今すぐ止めるということは、あまりに非現実的であるように感じる。原発を新規に建設せず、40年の耐用年数を終えたものから順に廃炉にして、その期間のあいだに、風力や太陽光などの再生可能エネルギーをつかった発電の仕組みを技術開発し、体制を整えていくというのが、いちばん現実的なのかなという感じはするけれど、それについても、自分できちんと考え抜いたというものではない。

再生可能エネルギーをつかうことで、電気代が上がったり、また全体として電気の供給量が落ちたりするという場合、自分はそれできちんと生活していけるのか。ただでさえ電気をつけっ放しにすることが多く、また去年の夏は京都の暑さで、冷房をつけないでいたら部屋で熱中症になりかけた僕が、きちんと電気を節約する生活というものを送ることができるのか。電気が十分に供給されないと、経済活動に支障が出て、日本の国力が下がる、などということをいうひともあるが、それはどうなのか。そのあたりのことは、自分としても、まだ甚だ自信がないのである。

しかしまちがいがないとおもうことは、これまではそういうことを、国民の一人ひとりが考えることもなく、議論されることもなく、「経済大国を目指す」という国是のもと、アメリカやら、政界、財界、専門家、マスコミ、そういうものによってつくり出される雰囲気のようなものに乗って、ここまで来てしまったということは、考え直されなければいけない。「上のひとたちがいいようにやってくれるだろう」というのは、日本人が考えがちなことで、僕もついつい、そういう風におもってしまうわけだけれど、その結果が、今回の福島原発の事故にまつわる体たらくなのであり、これからは、大事なことはひとまかせにせず、自分の頭できちんと考えると、いうようにしていかなければならないのだとおもう。僕がこれからやりたいとおもうことは、そうやって、自分の頭で考えることを、いっしょにできる仲間をつくっていくということだ。

というわけで、自分はまだ、「反原発」という立場には、きちんと立っていないし、これからもそこに立つのかどうか、よくわからないのだが、昨日大阪で、反原発のデモがあるというので、見物しに行ってきた。東京で何度かデモがあり、1万人以上のひとが集まったという話を聞いていたので、それが実際どんなものなのか、自分の目で見てみたいとおもったのだ。昨日は京都でも、べつに集会が予定されていたみたいだけれど、そちらはどうも、4文字熟語がならぶオドロオドロしい雰囲気で、そこまでは踏み込む気がしなかったのだが、東京と名古屋、大阪、神戸、福岡で同時開催されるというこちら
http://57nonukes.tumblr.com/
のデモは、ホームページの見た目もイマ風なおしゃれな感じだし、「サウンドデモ」という、音楽を鳴らしながら練り歩くというやり方も、現代の若者を引き込むために、いろいろ作戦を考えているという感じがして興味がわく。

午後3時のスタートということだったので、ほんとは現地に昼過ぎに着いて、近くでビールでも飲んで、めしを食って、酔っ払った勢いでデモを見物しようとおもっていたのだけれど、ブログの更新やら何やらで、家を出るのが遅くなってしまって、もう腹が減ったものだから、自宅近くでラーメン

を食べたら、わかってはいたが、あまりうまくなかったし、ビールを飲んだから眠たくなってしまって、一瞬行くのをやめて、家で昼寝しようかとおもってしまった。

大阪なんば近くの公園で集合だったのだが、近寄るにつれて、警官が立ち並ぶ物々しい雰囲気。

横断幕もちょっとオドロオドロしい感じだし、先頭に位置する人たちは、いかにも「反原発」という感じの、オソロシげな格好をしている。しかしこれは、千人の参加者のなかではごく一部で、全体としてはもっと若者の興味をひくような、いろんな工夫がされていた。

このデモは「サウンドデモ」とのことで、「みんな楽器や、音が出るものを持って集まろう」という呼びかけがされていたのだけれど、先頭には大音響でイマどきの音楽を鳴らすトラックが配置されている。

太鼓をたたくひとやら、ギターをかき鳴らすひとやらも何人もいて、カスタネットやタンバリンをもっているひとも多い。

そのほかにも、これは「お約束」というべきなのか、うさぎやら、カエルやら、ウルトラマンやらの着ぐるみ系のひとたちもいる。

女の子も、けっこうふつうの、可愛げな格好をした子が多かったし、子連れで参加しているひともけっこういた。

参加者の「千人」というのは、「最大人数」という意味で、デモ行進をするうちに、加わってきたひとも多かったみたいだ。

僕は自分の意識としては、「見物人」だったのだけれど、いちおう列に加わって歩いていたから、客観的にみると「参加者」だっただろう。「原発やめろ」「原発いらない」なんていうシュプレヒコールを叫んだりもするのだが、僕はそれは、ちょっと恥ずかしかったから遠慮して、黙々と歩いた。音楽CDを流しているひとも多かったけれど、定番はジョンレノン、忌野清志郎、それに斉藤和義あたりだった。

大阪の街を1時間半ほど練り歩いて、公園で解散となった。ほとんどのひとは帰ったが、50人ほどがそのまま残って、酒盛りを始めたので、僕も近くのスーパーで買ったビールとつまみを差し入れして、そこに加わった。

独身のフリーター系のひとたちが多かったみたいだけれど、原発の話どうのこうのにはまったくならず、それぞれが自分の趣味やら活動やらの話をしていて、初対面のひと同士の交流を楽しんでいた。このアフターが楽しくて、原発に限らず、デモがあれば参加する、と言っているひともいた。たしかにこういう、ユルイ感じの出会いの場は、ネット上でなく、現実世界のなかでは、貴重なものかもしれないな。僕もそこに2時間ほどいて、何人かといろいろ話して楽しかった。

ほんとは何人かを誘って、そのあと飲みに行きたいような気もしたのだけれど、家で用事があったのを思い出したのと、みないかにもお金のなさそうな子たちばかりで、行ったら年上の僕がおごるハメになりそうだったから、まっすぐ帰宅。

豚コマ肉と壬生菜の常夜鍋で晩酌した。