2008-05-14

熟成鶏醤油らーめん 上弦の月

蒲田には、あ、もちろんこれは蒲田に限らないことだが、行列の出来る店がいくつもある。味というのも一つ大事なことだと思うけれど、それだけでは人は並ばないだろう。割安な感じがするということも、まぁ絶対条件だとは思うが、それだけでも多分足りない。行列の出来る店というものには、やはり何といっても、他にはないオーラというか、エネルギーというか、強烈な自己主張というか、そういうものがあるのだという気がする。蒲田のラーメン屋「上弦の月」も、そういう果てしのないエネルギーとも言うべき、何物かを発している店の一つだ。


上弦の月(時間が早かったのか、行列していなかった)

この店は大体いつ行っても、ずらっと人が並んでいる。上の写真を撮ったときは、時間が早かったせいか、たまたま人が並んでいなかったが、これは初めての光景だった。蒲田の駅から線路沿いの飲食店街をずっと歩いて行った先、かなり外れとも言える場所にあるのだが、グルメ雑誌にも何度も取り上げられたりしているかなりの有名店らしい。

まずすごいのは、店の外にも中にも、平面という平面にはすべてとも言えるくらい、無数の張り紙がしてある。黄色い模造紙に黒い毛筆の楷書で、原材料に如何にこだわっているかということだとか、自分は二十代の頃全国のラーメン店を食べ歩いて、それから特に修行もしなかったのだがラーメン店を始める決心をし、初めの頃はスープがなかなかうまく出来なくて、一年のうち百日ほどしか営業できなかったとか、そんなようなことがびっしり書いてある。さらにこれまで取り上げられたグルメ雑誌の記事が、片っ端から貼られている。

それだけでもかなりのオーラを感じるところなのだが、さらに店主がすごい。初め張り紙を外から見たときには、どんな理屈っぽい親父がやっているのだろうと思ったのだが、あにはからんや、お姉ちゃんなのである。三十は越えていて、四十も近いかもしれないという女性だが、髪は茶髪でお下げにし、化粧も濃い目、派手目な服装、それがラーメンを作りながら、私はこうやってラーメンを作れることが本当に嬉しくて堪らないのだと言わんばかりの満面の笑顔を振りまき、お客に気を使い、ねぎらい、挨拶をするのである。完全にワールドである。狭い店内、かなりの時間を待たされるのだが、この小宇宙に取り込まれてしまい、そんなことなど忘れてしまう。

ラーメンの種類としては、鶏がら出汁に魚介出汁を合わせた超こってりスープに極太麺、それにほうれん草やら、とろとろに煮込んだ豚ばら肉やら、焼き海苔やらが載っている。あっさりラーメンが好みの向きにはちょっときついかもしれないが、おいしく食べられる。しかし正確に言うのなら、おいしいおいしくない等ということは超越した味なのだ。それがもし好みの味でなく、おいしくなかったとしても、そんなことは問題ではない。店主の徹底したこだわり、その小宇宙を自らの体内に流し込むという、そのことそのものが快感なのである。

一杯550円。店を出る時には必ず、ほんわかとした満足感に包まれる。おいしかった、というだけではない。一つの気持ちの良い出会いをしたな、という、そういう心地よさなのである。

上弦の月 蒲田店 (じょうげんのつき) (ラーメン / 蒲田)
★★★★ 4.0