2012-06-14
「肉団子」
その日の晩に何を食べるかは、仕事の合間に考える。
自分の食べたいものをあれこれ思い浮かべるのだから、僕にとっては何よりの息抜き。
だいたいいつも、「肉か魚か」を考えるのだけれど、今日は肉。
そしてすぐに、具体的なイメージも浮かんだ。
「肉団子・・・」
とろみのついた、甘辛いあんを、たっぷりとまとわりつかせる。
冷蔵庫に使わず残っている小松菜があったから、それを炒め、肉団子のまわりに丸く盛り付ける。
あとは冷蔵庫に入っているキュウリの浅漬でも出せば、献立は完璧。
肉団子は、豚のひき肉でつくる。
ここにどんな野菜をあわせるかがポイントだ。
スーパーで、シイタケを買った。
それに家にあるニンジン、玉ねぎ、さらに青ねぎ。
あとは卵に片栗粉、酒、しょうゆ、塩、ニンニクとショウガのすりおろしたのと定番通り。
タネをこねながら、最後まで迷ったことがある。
「焼くか、ゆでるか・・・」
肉団子は「揚げる」のが定番だろうけれど、家で揚げ物はしたくない。
それならタネを平たくまとめて、フライパンで焼けば、問題なくおいしいけれど、それでは「団子」にならない。
ゆでると、肉のうまみがすこし抜けてしまうことにはなるけれど、その代わりゆで汁が、おいしい豚のスープになる・・・。
結局、酒飲みにとっては献立にスープがあるのは魅力だから、肉団子は酒をたっぷりとふり込んだ水でゆでた。
ゆでた肉団子は、あんをからめる。
酒とみりん、砂糖、しょうゆ、それに酢で、三杯酢のような味にして、フライパンですこし煮詰めて、水溶き片栗粉でとろみを付ける。
その上を肉団子をゴロゴロところがせば出来あがり。
小松菜は、さっと下ゆでしてから、ニンニクのみじん切りと塩をふり込んだ油で炒め、酒をぱらりとふりかける。
肉団子のスープは、塩コショウで味付けする。
肉団子の卵が溶け出て、いい具合に玉子スープになった。
芋焼酎の水割りは、3杯。
やっぱり3杯くらい飲まないと、酔わないし。
今夜も昨夜のバーへ行くかどうかは、かなり迷った。
昨夜いた女性は、「家のようにしている」と言っていたから、今夜も来るのかもしれない。
女性と話はしてみたいけれども、昨日はじめて行った僕が、いきなり2日も連続で行ってしまっては、いかにもその女性が目当てだという印象を与えることになる。
しかも都合よく女性がいればいいけれど、もしいなければ、僕はあの赤胴鈴之助のマスターと話をしなくてはいけない。
ちょっと小太りの、髪型が赤胴鈴之助にそっくりなマスターは、気持ちのいい青年だけれども、2日もつづけて話をするほど気に入ったわけでもない。
それで僕は、いつもの鉄板焼屋をのぞいてみることにした。
中国人の女の子達や、僕が目をつけている店員の女の子も、もしかしたらいるかもしれない。
鉄板焼屋の縄のれんから中をのぞくと、お客はおらず、店長のお兄ちゃんが1人で椅子に座ってテレビを見ていた。
「暇なんだ・・・」
のんきな風情におもわず声を立てて笑ってしまうと、中にいるお兄ちゃんと目が合った。
そこで僕は、このお兄ちゃんと、ちょっと話でもすることにした。
奥のカウンターのうしろ側にあるテーブル席に座り、角ハイボールとスライストマトを注文。
お兄ちゃんに、「鉄板焼きもいろいろ種類があるから、作り方を憶えるのも大変でしょう」とたずねる。
「味付けは決まっていて、あとは何を入れるかが違うだけだから、べつにむずかしいこともないっすよ・・・」
20代だとおもっていたお兄ちゃんは、話を聞くとどうやら30代、ずっと居酒屋の店員をしていたが、2年前、今の鉄板焼屋のオーナーにスカウトされたということらしい。
仕事の話になり、名古屋や広島にも転勤したことがあるけれど、今は1人で仕事をしていると言うと、
「書く仕事とかなんすか」
とお兄ちゃん。
ぼんやりとしているようにみえるお兄ちゃんに、いきなり図星を当てられびっくりしたけれど、お兄ちゃんも飲み屋でいろいろな人を見ているから、勘が働くようになるのだろう。
考えてみると会社に勤めていたころは、僕は飲み屋にくれば、店員のお姉ちゃんの名前はかならず憶え、注文のたびに名前を呼んだり、ムダ話をしたりしたものだ。
それが今では、誰と話すわけでもなく、店員やお客さんを観察している。
それがブログのネタにもなっているのだから、そういう僕の様子を見ていれば、何をしているのかわかるというものなのかもしれない。
そのうちお客さんが1組、入り口ちかくのカウンター席へ入ってきて、お兄ちゃんも忙しく働きはじめた。
それからもう1人。
「若い女性のお客さん・・・」
年の頃は40歳くらい、OLなのだろう、紺色のスーツに黒いパンプスを履いている。
近くのバーが、「最低につまらなくて、こっちへ来た・・・」と言いながら、僕のすぐ前にあるカウンター席に座った。
女性はビールをたのみ、もう角ハイボールを飲みおわっていた僕も、2杯めをおかわりする。
今日も千円しか持っていないけれど、角ハイボールは180円だから、280円のスライストマトをたのんでも4杯飲める。
女性は時々、うしろにいる僕を視界の端でチラ見する。
僕もその女性と、少し話がしてみたいとおもう。
しかし・・・。
「きっかけがつかめない・・・」
昨夜のバーでは、赤胴鈴之助のマスターが、カウンターの端にいる僕と、反対側の端にいる女性の、2人に向かって話をしてくれた。
その会話に参加することで、僕とその女性は直接話はしなかったけれど、なんとはなしに距離が縮まり、僕はそのあと、女性に直接話しかけることもできた。
でも鉄板焼屋のお兄ちゃんは、バーのマスターではないのだから、そんなことには気をつかわない。
僕とは僕とだけ、女性とは女性とだけ話をするから、いつまでたっても、僕と女性のあいだの深い溝は埋まらない・・・。
あきらめた僕は、2杯めの角ハイボールを飲みおわり、お勘定をして店をでた。
赤胴鈴之助のバーへ行きたくなったけれども、もう予定のお金は使ってしまったから、家に帰って布団に入った。