2012-06-30
紅鮭のヒズ
今日の晩酌。
肴は、紅鮭あらの焼いたのとナスの塩もみ、インゲンと油揚げの卵とじ、紅鮭のヒズ、農家のおばちゃんの大根ぬか漬け。
檀一雄も「檀流クッキング」の中で、
「酒のサカナにこれほどおいしいものはない」
と書く紅鮭のヒズ。
ヒズ(氷頭)は紅鮭の額から鼻のあたりのところにある軟骨で、これを皮ごとうすく切り、昆布を入れた甘酢に一晩漬ける。
コリコリとしながら濃厚なうまみがあり、これは死ねる。
半分残った昨日のインゲンを、油揚げといっしょに炊く。
インゲンは、塩をふった水でさっと下茹でしておく。
油揚げは熱湯をかけ油抜きする。
出しに酒とみりん、うすくち醤油ですこし甘めに味付けし、インゲンと油揚げを5分ほど煮たら、溶き卵をまわし入れしばらく蒸らす。
インゲンがやわらかく煮えたのも、またうまい。
ナスは、塩もみ。
3ミリほどの厚さに切ったナスに塩をふり、よくもみ込んだら5分くらいおいて絞る。
何もかけなくても十分うまい夏のナスは、たまらない。
酒は焼酎水割り。
昨日は3杯。
キム君のバーをのぞくと、カウンターはぎっしり満員。後ろのテーブル席まで人があふれている。
でもさっき、話す気満々で立ち飲み屋へ行ってみたら、お客さんが誰もおらず肩透かしを喰らい、今度こそはと意気込んできた僕は、念のため店に入ってみた。
「今日は満員やね・・・」
「すいやせーん」
とキム君。
するとカウンターの端にすわっていたカップルが、
「もう帰りますからどうぞ・・・」
ありがたい。
僕はカウンターの端に空いた2席のどちらにすわろうか迷ったが、隣のお客さんに近いほうを選んだ。
カウンターを見わたすと、熊の男性は今日も来ている。
それからいたのが・・・。
熊田曜子似の美人の奥さん・・・。
友達なのだろう、麻生祐未張りの美人の女性といっしょに来ている。
「さすが美人は、美人を呼ぶんだな・・・」
カウンターの反対の端にいる熊田曜子に、僕はカウンター越しに会釈だけした。
焼酎水割りを注文した僕は、早速隣にすわる、カップルの男性のほうに話しかけた。
「こんにちは。ここへはよくいらっしゃるんですか」
振り向いた男性は、年の頃は60歳くらい、横山やすし似で、おしゃれなフレームのメガネをし、白髪の髪を茶色く染めている。
「おう、そうなんや、今日はな、娘と来とるんや」
相手の女性を見ると、たしかに年の頃は20代、目がクリっとしたナイスバディー。
「そうなんですか、いや娘さんがお父さんといっしょにお酒を飲んでくれるなんて、いいですね」
「ウソや」
ウソなんかい・・・。
「ほんとはな、義理の娘なんや」
「あ、そうなんですか、でも義理の娘さんってことは、息子さんのお嫁さんなんですから、そういう女性といっしょに飲めるっていうのも、またいいですよね」
「それもウソや」
それもウソなんかい・・・。
聞くと近くのカフェバーで、隣に居合わせた女性がたまたまキム君のツイッターを見ていて、「キムくんの店へ行ってみたい」というから連れてきたとのこと。
「ナンパじゃないですか、おじさん、いい年してさすがですね」
おじさんがナンパしたというカフェバーの場所をきくと・・・。
椎名林檎のバー・・・。
椎名林檎似の若いママがやっているその店は、僕はてっきり、おっさんは場違いなのだとおもっていた。
こんないい年したおっさんが、若い子をナンパできる場所だったとは・・・。
今度絶対行かなあかん。
そのうち男性の1人客が入ってきて、僕の隣の、カウンター端の空いた席にすわる。
九十九一にも似た、背広をびしっと着こなし若きエグゼクティブ風のその男性が、キム君と話を始めたところに僕も参加した。
車で走っていたら、後ろからパトカーに呼び止められた。
「スピード違反や」とおもって止まったら、「車線変更違反だ」という。
「車線変更は誰でもしとりますやん」と言ったら、「スピード違反は見逃すから、今度から気いつけや」とおまわりさん。
「わかりました、自分なりにがんばります」
と言ったら、おまわりさん、「ぷっ」と吹かはった。
「やった、おまわりさんが吹かはったら、今日一日はもうそれでええわとおもったわ・・・」
さすが、関西の人は、人を笑わせるために生きている・・・。
やがて水割りを飲み終わったので、僕は帰ることにした。
両側の、今夜の話し相手になってくれた男性2人と連れの女性に挨拶し、熊の男性に挨拶し、それから熊田曜子に挨拶する。
すると熊田曜子が僕のところへ飛んできて、僕の手を握りしめ、
「高野さん、もう帰っちゃうんですか。今日はお話できなくて残念だったです。また今度店に来てくださいね。私の友達も、次の機会に紹介します。それじゃ、おやすみなさい」
と言ってきた・・・。
ウソです。
2012-06-29
いわしの梅炒め
今日の晩酌。
肴は、いわしの梅焼き、インゲンのごま和え、しじみの吸物、昨日のナスの煮物と、農家のおばちゃんの大根ぬか漬け。
いわしの梅炒め。
いわしは、煮汁に梅干しをいれる「梅煮」は定番。それからいわしを炒め、ニンニクの風味をきかせてこってりと甘辛く味付けしたのもうまい。
それならいわしを炒め、梅干しをいれたタレで照焼き風にからめたらうまいのではないかという企画。
早速やってみる。
梅干し2~3個の種を外し、包丁でよくたたきペースト状にして、これを酒大さじ2、みりん大さじ2、砂糖大さじ1、うすくちしょうゆ大さじ2、おろしショウガ少々、水4分の1カップと混ぜ合せ、味をみて甘酸っぱい加減にしてタレを作る。
いわしはよく洗い、水気をぬぐって、小さいのなら丸まんま、大きければ頭をおとしワタを出して筒切りにし、片栗粉をまぶす。
多めの油をフライパンに中火で熱し、いわしを並べ、こんがりと焦げ目がついたら箸でひっくり返す。
いわしの両面がこんがり焼けたら、梅干しのタレをそそぎ、すこし煮詰めて全体にからまれば出来あがり。
千切りにした大葉をのせる。
頭から丸かじりにする。
「・・・・・・」
もうちょっとこってりした味を想像していたのだけれど、梅干しのせいで意外にさっぱりして、さらにいわしの香ばしさも出て、照焼きというよりは、南蛮漬けに近い・・・。
南蛮漬けだと思えばうまい。
インゲンのごま和え。
三条商店街の300年つづく八百屋の、先代のおっちゃんは、耳は遠いけれどまだ体はピンピンし、野菜についてのうんちくを語りだすと、話はだいたい秀吉までさかのぼり、10分は止まらない。
インゲンも、昔のインゲンは筋があったけれど、味は甘くておいしかった。最近のは筋はないけれど、味は昔のより落ちるとのこと。
その昔のインゲンが売っていたから買ってきた。
早速筋をとる・・・。
おっちゃん、このインゲンも、筋ないんですけど。
塩をふった水で2~3分ゆで、ザルに上げ、食べやすい大きさに切る。
すりゴマに、みりんと砂糖、うすくちしょうゆ、出し少々を加えごまダレを作る。
ごまダレでインゲンを和えれば出来あがり。
たしかに普通のインゲンより、やわらかくて甘みがある。
おっちゃん、筋なかったけど、うまかったから許したるわ。
酒飲みの友、しじみの吸物。
しじみは海水くらいの水に1時間くらいひたして砂出しする。
150グラムのしじみなら、300ccくらいの水にいれ火にかけて、アクをとりながらしじみの殻が全部ひらくのを待つ。
酒大さじ1にうすくちしょうゆ小さじ1、塩少々で味付けしたら出来あがり。
トロロ昆布を浮かべる。
しじみを酒の肴にすると、肝臓が癒されるのをつくづく感じる。
酒は焼酎水割り。
しじみがあるから、いくら飲んでもだいじょうぶ。
なわけない。
僕はいつも、千円札1枚をポケットに入れ、2~3軒の飲み屋をまわるのだけれど、それは四条大宮だからできるところもある。
四条大宮の飲み屋はまず値段が安く、だいたいの店で、1杯500円以下で飲めるというのたしかに大きい。
でもそれだけでは、千円ではしご酒はなかなかできない。
千円ではしご酒ができるのは、四条大宮のほとんどの飲み屋が「チャージ」を取らないからだ。
店にはいると自動的に突き出しがでてくることになるこのチャージ、東京ならほとんどの店が取るとおもうし、京都でも、祇園や四条烏丸あたりのバーだと、チャージを取ることが多いようだ。
ところが四条大宮ではチャージなしに飲めるから、1軒の飲み屋で3杯飲んでも、3軒の飲み屋で1杯ずつ飲んでも、値段が変わらないことになる。
四条大宮ではたぶん、そのような飲み方をする人が少なくないとおもうけれども、1人、いろいろな飲み屋でしょっちゅう会う人がいる。
大きなガタイをし、肩までとどく長髪にモジャモジャのひげを生やして、熊のように見える男性。
年の頃はたぶん、僕と同じくらいだとおもうけれども、飲む時間帯や店の選択も似ているようで、これまで僕がホームグラウンドにしている「Kaju」はもちろん、キム君の店やらこないだ初めて行ったバーやらで、5回か6回は顔を合わせている。
今夜も千円をもって家を出て、まずキムくんの店をのぞいてみると、その男性がいる。
ちょっと話してみたい気もしたけれど、男性はカウンターではなくテーブル席で、数人と話し込んでいる。
そこにはちょっと入れないなとおもった僕は、大宮通を南へ下り、鉄板焼屋をのぞき込み、変わったことが起きていないのを確認してKajuへむかった。
僕とおない年、飲食業の経験も長いKajuのマスターとは、飲み屋の話をするとおもしろい。
カウンターにいた、居酒屋で修行をしている若い男性が帰ったあと、「若い人がバーをやる」ことについての話になった。
マスターも20代の若い頃から、自分でバーを始めている。
「若い人にはぜひバーをやってほしい」
という。
バーは極端にいえばカウンターのある小さな店舗に、自分の好きな酒だけおけば始められる。
敷居はとても低いから、若い人にも始めやすい。
「もちろん店を続けることは、それほど簡単ではないけれど、やりながら見つけていけばいいんです・・・」
マスターも、Kajuを始めて9年になる今でも、あれこれ試行錯誤するそうだ。
一度マスターの知り合いの若い子が、バーを始めようかと考えた。
それで先輩に相談したら、「自信がないならやめた方がいい」といわれて、結局断念したそうだ。
「僕は、自信のある人などに店をやってほしくはないですよ・・・」
自信がないから、試行錯誤する。そこにお店の魅力が生まれる。
「自信がある人の『上から目線』の下で、僕はお酒を飲みたくはないですね・・・」
といってマスターは、自分がこれまで見つけてきたことにたいする自負もある。
ある大きな飲食店の雇われ店長に、マスターは、
「Kajuさんくらいの小さな店なら、明日にでもできますよ」
とバカにされたような口をきかれたそうだ。
怒ったマスター、
「お前がKajuで、おれがお前の店で、1週間交代して働いて、どちらがどれだけ売上げを上げるか下げるか、競争しようじゃないか」
と啖呵を切ったのだそうだ。
マスターとそんな話をしているところへ、お客さんが入ってきた。
熊のような男性と、その仲間たち・・・。
キムくんの店からこちらへ、場所を替えてきたらしい。
熊の男性を先頭にして5人がぞろぞろと奥へ進み、それぞれ座って飲み物をたのむ。
熊の男性とはちょうど話してみたいとおもっていたから、僕も飲み物のおかわりをたのんだ。
僕と同年代に見える熊の男性以外は、たぶんみんな30代。
男性3人と、そのうち1人の奥さんらしい女性。
ずいぶんとボルテージが上がっていて、みな大きな声で、話のつづきを再開する。
仲間の1人、山口智充似の男性は、最近になって仕事で独立したらしい。
「僕は絶対成功してやると思ってるんです。だいたい組織に忠誠を誓い、社長のいうことにヘイコラするなど、クソのすることだ」
熊の男性が答えている。
「でもおれだって、人脈命の人間だし、組織の進む方向と自分の人生の方向とをうまく重ねていくことだって、1つの生き方だろう」
「それじゃあ、たとえば大物政治家の傘下にいる政治家が、自分の信念を曲げて大物政治家に従うことで、日本が良くなると思いますか・・・」
喧々ガクガクの話が繰り広げられていく。
僕は話を聞きながら、ふと、
「この人たちは、どういう関係なんだろう」
と思った。
会社の同僚ではなさそうだ。
といって「飲み友達」というには、ずいぶんと深い話をしている。
近くにいる男性に、
「飲み友達なんですか」
ときいてみた。
「飲み友達というよりは、もっと濃いんですよ・・・」
熊の男性にもきいてみた。
「おなじ業界なんですか」
「いや全然ちがいます。飲み友達といえば飲み友達なんですが、もうかれこれ10年くらいになるんですよ・・・」
会社の同僚や、昔の仲間、趣味のサークル仲間、飲み友達、お店の常連さん同士・・・。
そういうものなら、これまで何度も目にしたことがある僕は、見ればすぐわかる。
でもこの人達のかもし出す雰囲気は、そのどれともちがう。
それならこの人達の関係は何なのか・・・。
「わからない・・・」
お店の常連さん同士に近いような感じもするけれど、お店の常連さんは、特定のお店に所属しているもので、こうやって店をわたり歩き、はしご酒をしたりはしない。
しばらく話を聞いていればわかるかとおもったけれど、飲み物のおかわりを飲み終わるまで、僕はこの人達の関係を得心することができなかった。
おそらく、熊の男性が四条大宮のさまざまな店で飲むうちに、少しずつ知り合いになっていった人たちなのだろう。
その知り合いが、さらに飲み続けるうち、横につながり、「仲間」になっていく・・・。
この人達は、会社でも学校でもサークルでも、1軒の飲み屋でもない、「四条大宮」という街がはぐくんだ仲間なのだ。
そう考えないと、この見おぼえのない雰囲気は、理解できないと僕はおもった。
奥が深いわ・・・。
2012-06-28
ナスと厚揚げの煮物
今日の晩酌。
肴はナスと厚揚げの煮物、あさりのぬたとあさりの吸物、きゅうりの塩漬けと、農家のおばちゃんから買った大根のぬか漬け。
ナスと厚揚げの煮物。
ナスはどうやって料理をしてもうまいけれども、油を使うと、トロトロになってまたうまい。
揚げるのが普通だけれど、家で揚げ物をしたくない場合には、多めの油で炒めるようにしても十分おいしくできる。
大きめに切ったナスを塩水に浸け、油を吸い込み過ぎないようにしておく。
フライパンを中火にかけ、多めのサラダ油とゴマ油少々を熱し、ナスを入れる。
フタをして、時々箸でひっくり返しながら、じっくり火を通す。
ナスがやわらかくなったら厚揚げを加え、ひたひた加減の出しを入れ、酒とみりん、うすくちしょうゆで味を付け、落としブタをして中火で10分くらい煮る。
煮上がったらしばらくそのまま汁に浸し、味をしみ込ませる。
あさりも和洋中いろいろに使えるけれども、むき身にし、ぬたにするのもおいしい食べ方の1つ。
むき身にする時できる、あさりの出しがたっぷり出た煮汁は、もちろんムダにせず吸物にする。
あさりは海水くらいの塩水に1時間ほどつけ砂出しし、殻をこすり合わせてよく洗う。
沸かした水に、4センチ長さほどに切った青ねぎ2~3本の、まず根本の白い部分、つづいて青いところを入れ、ほんの10秒ほどゆでたらザルに上げる。
あさりが200グラムなら、400ccほどの水に入れ、火にかけアクを取りながら、あさりの口が全部ひらくのを待つ。
あさりの口がひらいたら、吸物用に4~5個をのこして引き上げて、殻をはずしてむき身にする。
白味噌に、みりんと酢をすこしずつ加えながら好みの味に調整し、最後にからしをほんのちょっと入れ、からし酢味噌をつくる。
あさりと青ねぎを混ぜ、食べる直前にからし酢味噌をかける。
あさりの出しは、酒大さじ1にうすくちしょうゆ小さじ1、あとは塩で味加減をして、トロロ昆布を添える。
酒は焼酎水割り。
今日はまず1軒目に、鉄板焼屋へはいった。
縄のれんをくぐり、目の前で鉄板を焼いている店長のお兄ちゃんに挨拶し、前のカウンター席にすわる。
鉄板焼屋のお客さんは、カウンター席でも、ほかのお客さんと会話することを目的に来ている人はすくないけれど、お兄ちゃんが鉄板を焼くのを眺めたり、お兄ちゃんとすこし話したり、かかっているテレビを見たり、店内のほかのお客さんの様子を観察したりしながら、ちびちびと酒を飲むのは居心地がいい。
お兄ちゃんは、この鉄板焼屋で働きはじめてからまだ2年くらいだというけれど、鉄板の焼き方は堂に入ったもので、コテを器用にあつかいながら、お好み焼きやら玉子焼きやらトマトやナスを焼いたのやらが出来上っていく様子を見るのはたのしい。
奥のテーブル席には、ちょくちょく見かける中国人留学生の女の子が、やはり中国人留学生の女の子2人、それに男性2人と来ているのがみえる。
男性2人は、初めは以前のように近くのテーブルから乱入したのかとおもったけれど、よくよく見ていると大学の同級生らしい。
料理やらお酒やらをテーブルに山積みにして、にぎやかに話している。
女の子が就職活動をしているのを、以前店にきたとき話を聞いて知っている僕は、お兄ちゃんにきいてみた。
「あの子は、就職は決まったのかな」
「まだ決まっていないけど、とりあえず卒業しよう、ってことなんじゃないっすか・・・」
日本人の大学生でも、就職はむずかしい時代なのだし、中国人ともなると厳しいものがあるのだろう。
やがて中国人5人は、注文したテキーラを一斉にあおり、意気揚々と店をあとにしていった。
鉄板前のすこし離れたところに、若いカップルがすわっている。
女の子は見たところ20歳そこそこ、大学生のようで、お人形さんのような可愛らしい顔をしている。
男性も、女の子と同年代にみえる。
お兄ちゃんが、店を何度か訪れているらしい女の子に話しかける。
「2人は同級生なの」
「先輩なんですよ・・・」
女の子は21歳、男性は10歳も年上だそうだ。
深夜の1時すぎに男性と酒を飲む女の子は、地方から出てきて1人で暮らしているのだろう。
「まったく親の気も知らないで・・・」
僕はおもうけれども、話にははいらず、だまって酒を飲む。
やがて酒を飲み終わり、お勘定をした僕は、時々行くバーへむかった。
「美人の奥さんの顔を見にいこう・・・」
僕とおなじ年の、やはりバツイチだったマスターは最近、熊田曜子似の若くて美人の奥さんをもらった。
美人の顔は、見るだけで価値があると僕はおもう。
バーへ行くと、カウンターの一番手前にすわった僕のところへ、奥さんは早速きて話の相手をしてくれる。
以前来たとき、僕が名古屋の話をしていたのを奥さんはよくおぼえていて、しばらく名古屋メシの話で盛り上がる。
京都出身の奥さんだが、名古屋の甘い味噌カツが好きで、タレをお取り寄せしたりもするのだそうだ。
しかしこのバーは、カウンターが横に長くのびる構造上の理由だろう、奥さんが立ち去り1人になると、間が持たなくなってしまう。
2席へだてた向こうには、常連さんの男性3人組がいたけれど、どうも話にはいる気がしない。
さらにその向こうには、若い女性2人客がすわっていたけれど、遠すぎて話はできない。
奥さんのきれいな顔を、たっぷりと見ながら話をし、目的を達した僕は、早めに酒を飲み干して、お勘定をして店をでた。
僕が店をでると、入れ替わりに女性が入っていった。
見たところ40歳くらいの、メガネをかけた知的な美人。
僕がまだもし店にいれば、空いている席は僕の近くだけだった。
でももちろん、今から店に引き返すわけにはいかないし、だいたいお金が残っていない・・・。
「もっとゆっくり飲めばよかった・・・」
僕は後ろ髪を引かれながら、家に帰って布団にはいった。
2012-06-27
豚肉と小松菜の卵とじ、スルメイカのお造り
今日の晩酌。
肴は豚肉と小松菜の卵とじ、イカの造り、塩辛、冷奴と冷やしトマト、きゅうりの塩漬け。
豚肉と小松菜の卵とじ。
冷蔵庫に残っている小松菜は、ただ豚肉と炒め合わせてもおいしいけれど、やはり出しで煮て卵でとじると、和食のおもむきが増す。
フライパンにサラダ油を強火で熱し、豚こま肉を炒め、つづいて食べやすい大きさに切った小松菜をさっと炒める。
酒とみりん、うすくちしょうゆ各大さじ1、砂糖大さじ2分の1に、おろしショウガ少々の合わせ調味料を入れ、ひと煮立ちさせたら出しカップ1くらいを入れる。
味見して甘めに調整し、中火で2~3分煮て溶き卵をまわし入れ、フタをし火を止めしばらく蒸す。
七味をふって食べる。
スーパーに売ってる180円のスルメイカでも、その日市場から仕入れたまっ茶っ茶なやつはお造りにできる。
スルメイカの胴は左右をひらき2枚にして、ふきんでつまみながら表の厚い皮をはがし、裏のうす皮はふきんでこすり取り、細く切る。
大葉と水にさらしたみょうがを添え、ショウガじょうゆで食べる。
ゲソは塩辛に。
しぼり出したイカワタに塩1つまみをまぜ、ぶつ切りにしたゲソを和えて、冷蔵庫で2~3時間おく。
酒とみりん、ポン酢果汁をそれぞれひとたらしして食べる。
酒は焼酎水割り。
今日は3杯。
立ち飲み屋は12時までに入らないといけないから、この頃は家をでる時間をすこし早めるようにしている。
後院通をななめに下がり、錦小路を東へ入る。
大宮通をこした先にある古い飲み屋アパートの1階、曲がりくねった怪しい通路を入った奥に、立ち飲み屋はある。
先客は、手前で男女5人、奥では男女2人が、それぞれ話し込んでいる。
僕はそのあいだ、大将の真正面に場所をとった。
手前5人のうち実際に連れ立って来ているのは3人で、あとは常連さんが入っている。
奥の男女も、常連さん同士のようだ。
手前と奥がそれぞれで話し込んでいるから、僕はそのあいだで、話を聞きながら酒を飲む。
でもそれはべつに、苦痛ではなく、心地よい。
話に入ろうとおもえば、いつでも入れるのだから、黙って飲んでいるのもわるくない・・・。
大将へは、行きつけのバー「Kaju」のマスターから、
「Kajuさんがほめていたと伝えてくれ」
と、冗談半分でいわれている。
でも今のこの店の雰囲気では、その話を持ちたすタイミングではないなとおもう。
「おれもだいぶ空気が読めるようになった・・・」
やがて手前5人の話題が、「血液型」の話になった。
話題の中心にいる男性が、AB型なのだそうだ。
「僕もAB型なんですよ」
僕は急に、話題に入ってみる。
そうしたら、奥の女性もAB型で、それからしばらく、「AB型がいかに傷付きやすいか」という話で店全体が盛り上がる。
「完璧な入りができるようになった・・・」
そのうち酎ハイレモンを飲み終わった僕は、今日は控えめにしておくことにし、お勘定の350円を払って鉄板焼屋にむかった。
鉄板焼屋は、手前のカウンターが埋まっていたから、まん中のカウンター、女性2人連れの隣にすわる。
店長のお兄ちゃんと時々話をしながら、女性の話を聞いていたが、話しかける雰囲気ではなさそうだ。
無理に話さず、角ハイボールを飲み終わった僕は、180円を払って店をでた。
歩きながら、僕はおもった。
「おれもだいぶ、大人の飲み方ができるようになった。
空気を読み、控えめに終わることなど、以前のおれにはできなかった・・・」
今日はこのまま、家に帰って寝ようとおもった。
大宮通を北に上る。
キム君のバーの看板の灯りが、煌々と輝くのがみえてくる。
念のため、店をのぞいてから帰ろうとおもう。
店の前から、ガラス戸越しに中をのぞくと・・・。
「女性1人客のとなりが空いている・・・」
残っている金で、あと1杯は飲めるはずだから、キム君の店に寄っていくことにした。
店へ入り、女性の隣にすわる。
女性は年のころは30代、長い髪を後ろでしばり、小さなメガネをかけている。
白いブラウスに紺のスカートのOL風。
念のため、キムくんに全財産をみせる。
470円・・・。
「それなら400円の焼酎ですね」
キムくんが、ちょっとあきれた様子でいう。
OLの女性も笑っている・・・。
そこで僕は、キム君と女性に、お金を持っているといくらでも使ってしまうから、千円札1枚だけポケットに入れ、夜の散歩をしていると説明した。
「なるほど、それは頭のいい飲み方ですね」
と女性。
「千円で3軒もまわるというのだから、大したものですよ」
とキム君。
次に僕は、このあいだは千円で、おごってもらって朝まで飲んだという話をする。
女性が、
「私は人におごられるのが苦手で・・・」
と話をはじめる。
しばらく女性が「おごられ下手」の話をするので盛り上がる。
やがて僕は、「関西の飲み屋のカウンター」の話をはじめる。
「なるほど、世界中の人が友達だというのはおもしろいですね」
と女性。
「関西のこと、そうやって思ってもらえるのは、関西人としてうれしいですよ」
とキム君。
「でも京都は、会話の作法が発達していますよね。京都の人は、ほめられたら、かならず謙遜してほめ返すとか、気をつけている感じがするし、たぶんほめた回数までカウントしているところがあるでしょう」
ほめられてうれしくなった僕は、京都論をかたる。
「そうそう、京都の人は、『自分がほめられたいから相手をほめる』みたいなところもありますね」
とキム君。
「フムフム・・・」
と女性。
そのとき、カウンターの端で話し込んでいた男性2人客が、キム君にお勘定をたのんだ。
僕は、我に返った。
「それじゃ、時間も遅いから、私もお勘定お願いします・・・」
女性も帰ることになる。
「話しすぎた・・・」
うれしくなって、最後に京都論を語ったために、ほめられっぱなしで終わることになってしまった。
「ほめられたらほめる」などと話をしながら、それを自分が守れないなど、言ってることとやってることが全然ちがう・・・。
僕は恥ずかしい気持ちで家に帰った。
まだまだだな。
2012-06-26
イワシの酢じめ
今日の晩酌。
イワシの酢じめ、菜っぱ汁、冷やしトマトにきゅうりの塩漬け。
魚屋で新鮮なイワシを見かけたら、酢でしめる。
イワシはこれからが旬。
夏にむかって、どんどん大きくなる。
イワシは頭を落とし、包丁で背開きにする。
洗って水気をふき取り、塩をふって1時間。
ふたたび水で洗って水気をふき取り、だし昆布にほんの少しの砂糖を入れた酢で、30分。
酢をふき取り、2~3時間おいて味をなじませる。
菜っぱ汁は、京都の郷土料理。
菜っぱと油揚げを吸物の実にする。
酒とうすくちしょうゆ、それに塩で出しに吸物の味をつけ、油抜きした油揚げをしばらく煮、さっと下茹でした小松菜をくわえてひと煮する。
しみじみとうまい。
旬のきゅうりは、塩漬けにする。
斜め切りしたきゅうりに塩をもみ込み、細く切った昆布と鷹の爪といっしょに漬物器で漬ける。
酒は焼酎水割り。
今日も4杯。
今日は立ち飲み屋は休みだし、ホームグラウンドのバー「Kaju」へは昨日行ったばかりだから、とりあえず鉄板焼屋へ入り、店長のお兄ちゃんに角ハイボールをたのんだ。
鉄板焼屋の角ハイボールは180円、コーヒーを飲むより安いから、まずは1杯飲みながら、次をどうするか考えるのにちょうどいい。
以前は遠慮してツマミもたのむようにしていたけれど、最近は店長やオーナーとも顔見知りになってきたから、甘えて角ハイボールだけで勘弁してもらうようになっている。
店長のお兄ちゃんが注文を伝えに行く、奥の厨房には・・・。
「オネエちゃんがいた・・・」
ずいぶん前に「Kaju」で会った女性で、この店でも1度見かけたことがある。
独特の雰囲気をもっている女性で、前から話してみたいとおもっていた。
「今なら怖れず話ができる・・・」
角ハイボールを持ってきてくれたオネエちゃんに、
「こんにちは、またお会いしましたね・・・」
僕は早速話しかけた。
オネエちゃんは年の頃は30前後、今どき珍しいまっ黒な前髪を、顔の横からななめに下ろしている。
パッチリとひらいた目の奥の、やはりまっ黒な瞳が、憂いをたたえているように見えるのが興味をひかれる。
お客さんが引けたので、奥の厨房であれこれ片付けをしているオネエちゃんに向かい、僕は、
「オネエちゃん、オネエちゃん」
と呼びかけては話しかけ、仕事の邪魔をした。
オネエちゃんは普段はべつの店で働き、鉄板焼屋はたまに手伝うだけだそうだ。
「だからこのあいだお会いしたのは、ほんとに偶然なんですよ・・・」
でもこちらは、毎日のように鉄板焼屋へ来ているのだから、偶然でもなんでもない。
このあたりの飲み屋には詳しいオネエちゃんだが、立ち飲み屋へはまだ行ったことがないそうだ。
「おもしろいから、今度ぜひ一緒に行きましょう・・・」
僕はオネエちゃんをさそう。
飲み屋に詳しいオネエちゃんに、まだ行ったことがない、目星をつけているバーの評判をきいてみる。
「私もまだ行ったことがありませんけど、この店に来た、なんとなくイケ好かない感じの男性連れが、そのバーへ向かうのを見たことはあります・・・」
「イケ好かない」とはどんな感じか、よくはわからないけれども、角ハイボールを飲み終わった僕は、とりあえずその店へ行ってみることにした。
ビルの上にある、おしゃれなバー。
マスターはまだ30代の前半で、脱サラして木屋町の店で修行をし、1年前に独立したそうだ。
僕はカウンターの端にすわり、マスターや先客の男性1人客に話しかけたが、どうも話が盛り上がらない。
「関西にもいろんな店がある・・・」
ピンとこぬまま注文した水割りを飲み終わり、僕はふたたび鉄板焼屋へもどった。
鉄板焼屋には、まだオネエちゃんがいる。
角ハイボールをたのんだ僕は、オネエちゃんに今行ってきたバーの報告をする。
話はそこから、僕の立ち飲み屋体験へとうつり、僕は、
「1分だけいい」
を3回ほど繰り返しながら、今回の発見をオネエちゃんに語る。
片付けが済んだオネエちゃんは、僕の近くの柱によりかかり、パッチリと目を見ひらいて僕の長話を聞く。
語り終わって満足した僕は、オネエちゃんに名前をきいた。
教えてもらった名前を呼び捨てしていいのかきくと、
「「ちゃん』を付けてもらえるとうれしいです」
とオネエちゃん。
お客さんがまた入ってきたので、角ハイボールを飲み終わった僕は、オネエちゃんに別れを告げて、店を出た。
前から話をしてみたいと思っていたオネエちゃんと、思う存分話しができて、満足して家に帰った僕。
気持よく布団に入り、ぐっすりと眠った。
翌朝起きて、昨夜のことをぼんやりと思い出してみる・・・。
せっかく教えてもらったオネエちゃんの名前を、思い出せなかった。
2012-06-25
あさりとジャガイモのスペイン風
昼にたらふく食べた日の晩酌は軽いもの。
あさりとジャガイモのスペイン風と、ブロッコリーのサラダ。
あさりとジャガイモのスペイン風。
魚介とジャガイモを、オリーブオイルとニンニク、パセリに塩だけで味付けするのはしみじみとうまい。
あさりは1時間ほど塩水につけ砂出しし、殻をこすり合わせてよく洗う。
フライパンに多めのオリーブオイルをひき中火で熱し、みじん切りのニンニク、つづいて2センチ角ほどに切ったジャガイモを炒める。
あさりを入れ白ワインをまわしかけ、フライパンのふたをして、あさりの殻がひらくまで蒸し焼きにする。
殻がひらいたあさりは一旦とり出し、水2分の1カップほどを入れ、味見して塩ほんのひとつまみを入れる。
フライパンのふたをして、ジャガイモを7~8分蒸し焼きにする。
火をつよめて残っている水気を飛ばし、あさりを戻し入れれば出来あがり。
みじん切りにしたパセリをふる。
ブロッコリーのサラダ。
ブロッコリーはさっと塩ゆでする。
ツナとうす切りにした玉ねぎ、みじん切りにしたニンニクと合わせ、たっぷりのオリーブオイルとレモン汁、塩少々で和える。
みじん切りにしたパセリをふる。
酒は芋焼酎の水割り。
「立ち飲み屋で楽しくすごすには、まわりのお客さんと『友達』として飲むこと・・・」
この発見は僕にとっては、初めて自転車に乗れるようになったことにも匹敵する、大きな出来事であるようにおもえる。
立ち飲み屋でその場に居合わせる人は、全員が、
「すでに友達である」
ということだ。
だとするとその人達とは、まだ立ち飲み屋で居合わせる前から、友達だったことになる。
そう考えると、世界中のすべての人が、四条大宮の立ち飲み屋へくる可能性がある以上、僕はすでに、世界中のすべての人と友達であることになる。
なんという大きな世界観の転換だろう。
僕はこれまで、世界中のすべての人は、少数の「友達」を除いて「他人」であると思っていた。
他人は自分に、足を引っ張ったり、危害を加えたり、あまりよくないことをする。
そういう「他人」にかこまれて、僕はがんばって、世の中を渡っていかなければならないとおもっていた。
ところがそうではなく、世界中のすべての人は、すでに「友達」だった・・・。
これまではくすんだ灰色だった世界が、まさにバラ色に見えてくる。
「つらい」とおもっていた世の中で、これからいくらでも、楽しいことが起こる気がする。
晩酌をすませた僕は、まず立ち飲み屋へ出かけた。
立ち飲み屋は今日も満員。
カウンターで隣の人とひっつくように立っているところへ、さらに後から人が入ってくる。
僕はもちろん、もうお客さんに話しかけるのに躊躇したりはしない。
初めて会ったお客さんと10年来の友達のように、楽しく話せるようになっている。
大将に、昨夜の報告をした。
お店の常連の女性、しかも人妻と、2人で店を出たのだから、大将も気にしているだろうとおもったのだ。
すくなくとも東京の居酒屋なら、お店で出会った男性と人妻が2人で店を出ていけば、その店の大将はあまりいい気はしないか、または冷やかすような態度をとるとおもう。
しかし立ち飲み屋の大将は、女性と僕のその後のなりゆきには、さして興味もないようで、事務的に話を聞くだけだった。
お店で知り合った人がお店の外で何をしようが、それはお客さん同士のことで、自分には関係がないということだろう。
立ち飲み屋を出た僕は、ホームグラウンドのバーへ向かった。
マスターに、この一連の立ち飲み屋体験について、報告しておかなくてはいけない。
マスターは、お客さんが自分の店以外の飲み屋へ行くことを、とがめ立てすることが一切ない。
マスター自身、飲食店をたずね歩くのが好きな人で、お客さんが他の店のことを話すのを、心底興味深そうに聞く。
僕が立ち飲み屋の話をするのを聞いたマスターは、
「それはあの立ち飲み屋の大将の、人柄によるところも大きいかもしれないですね」
と言った。
四条大宮界隈にもいくつか立ち飲み屋があるけれど、全部が全部、あの立ち飲み屋とおなじように、誰でもが友達付き合いできるとは限らない。
あの立ち飲み屋がそういう雰囲気を持っているのは、大将の人柄と、努力の賜物であるような気がする・・・。
マスターは言う。
「僕は自分の店で、お客さんが『ほっこり』できるために、僕が一番しないといけないと思っていることは、
『雰囲気をこわす人を排除する』
ことなんです・・・」
お客さんは、お店でもし他のお客さんが不愉快な行動をとったとしても、それを表立って抗議することはなかなかできない。
「べつにいいんですよ・・・」と水に流そうとする。
「だから不愉快な行為については、店主である自分が、きちんと注意しないといけないと思っているんです・・・」
たとえばお店で、他のお客さんを「おまえ」よばわりすること。
同伴の女性の、それが恋人や夫婦であっても、頭をたたくこと。
そのような行為をするお客さんには、店を出ていってもらうそうだ。
お店の外で、出てもらったお客さんから50センチの距離でにらみ付けられたことも、1度や2度ではないという。
マスターの店の平和な雰囲気は、マスターのそのような考え方と努力により保たれている。
たしかに立ち飲み屋の大将も、お客さんとべったり付き合うというよりも、ある距離を保っているように感じる。
僕なども、まだ完全に受け入れてもらっているというよりむしろ、
「この男は店の雰囲気をこわさないか」
を、疑いの目で値踏みされているようにもおもう。
マスターの話を聞き、飲み屋の世界も奥が深いとおもうと同時に、いい飲み屋が近くにあるのは幸せなことだとおもった。
マスターに別れを告げ、家に帰った僕だったが、新しい世界の発見に興奮し、布団にはいっても寝られない。
仕方ないから起きだして、ふたたび千円をポケットに入れ、昨夜最後に女性と行った居酒屋へ行った。
大将に昨夜あれからどうなったのかを聞いた。
結局女性は、川口君とは飲むことなく、僕が帰ったあとすぐタクシーで帰宅したそうだ。
まったく女心のわからぬ川口君とおもうけれども、女性も結婚しているのだから、これでよかったのかもしれない。
大将とあれこれ話して店を出ると、もう明るくなっていた。
しかし僕の目はパッチリと冴え、眠くなる気配がない。
飲み屋街を歩いてみても、ホームグラウンドのバーも、鉄板焼屋も、すべて営業を終了している。
大宮通を北へ上がっていくと、キム君の店の看板の灯りがついているのが見えてきた。
僕はキム君の店で、あと1杯飲むことにした。
ふらふらと歩いて行くと、たしかにまだ営業しているようだ。
店の前まで来ると、ちょうどキム君が店から出てきた・・・。
「閉店です、ごめんなさい・・・」
家に帰った僕は、まだ寝られない。
1時間ほどかけブログを書き上げ、ようやく眠くなって布団に入った。
2012-06-24
3度目の正直
今日の晩酌。
肴はなすの味噌炒め、しじみの吸物、トマトと卵の炒め、白菜の浅漬。
旬のなすを使った味噌炒め。
なすは大きめに切り、塩水にしばらくひたして油を吸い込みすぎないようにし、多めのサラダ油とゴマ油でじっくり炒める。
火が通ったなすは一旦とり出し、今度は豚ひき肉を、出てくる肉汁が完全にとび焦げ目がつくまで、強火でよく炒める。
味噌と酒、みりん、砂糖、おろしショウガを甘辛くどろっとした加減に調整したタレを入れ、肉に味がついたら水4分の1カップを加えて、とり出しておいたなすを戻す。
全体をまぜながら煮汁が煮詰まったら、酢をひとたらしして出来あがり。
トマトと卵を炒め合わせるのは意外なうまさ。
フライパンに多めのサラダ油を強火で熱し、溶き卵を注ぎこむ。
すぐ混ぜてしまわずしばし待ち、いくつか大きめのかたまりにまとめて一旦とり出す。
湯剥きしたトマトを強火で炒め、汁が出てきたあたりで卵を戻す。
酒とうすくちしょうゆに砂糖で味をつければ出来あがり。
酒飲みの友しじみ。
肴にするには味噌汁より吸物がいい。
海水くらいの辛さの塩水に1時間ほど浸けておいたしじみをこすり合わせてよく洗い、水に入れて強火にかける。
アクをとりながら殻が全部ひらくのを待ち、中火に落として酒少々、うすくちしょうゆをほんの少し、あとは塩で味付けしたら出来あがり。
とろろ昆布を添える。
酒は焼酎水割りを3杯。
千円札をポケットにねじ込み、夜の散歩に向かう僕は、期するものがあった。
立ち飲み屋で2度にわたってうまく話せずに終わった僕だが、なんだか今日は、体にエネルギーが充満し、いけそうな感じがする。
しかも今日は金曜日、お客さんも多いだろうから、面白いことが起きるかもしれない・・・。
念のためキム君のバーと鉄板焼屋をのぞき、変わったことが起きていないことを確認した僕は、立ち飲み屋へ向かった。
立ち飲み屋の先客は、男女の4人組と、やはり男女の3人組、見たところいずれも30代。
僕はまん中の空いたところに位置をしめた。
酎ハイレモンを飲み始めると、すぐに女性の1人客が入ってきた。
「お久しぶりです~」
見たところ30代の後半、ムーミンにも似た愛嬌のある顔をして、茶色と金色に混ぜて染めた髪の前髪は垂らし、後ろはポニーテールにしている。
黒いジャージーのカーディガンをはおり、その下にはやはりジャージーのくるぶしまであるワンピースを着ている。
女性は1年ぶりに来たとのことで、
「結婚したんです~」
左手の薬指にはめた結婚指輪をキラリと見せる。
「そうなんや、おめでとうございます」
女性が大将に向かって言うのに、横から調子よく合わせる僕。
女性は僕の隣に場所をとった。
未婚の母だった女性は、ご主人と知りあって2ヶ月で結婚したそうだ。
「固い仕事で収入は安定しているし、車はベンツやからね~」
「そうなんや、それはさすがやわ」
僕は横から相槌を入れる。
近くのバーのマスター「川口君」が好きで、結婚したいと思っていたけれど、結局ちがう男性と結婚したのだとか。
「今川口君の店のまえを通ったら、ドアが開いていたから中を見て、
『店がはねたらいっしょに飲もう』
と約束してしまったんよ、緊張するわ~」
「そうなんや、ドキドキやね」
と僕。
女性は店内のほかの客と、賑やかにしゃべる。
ちょうど今日が誕生日だという男性がいて、
「それはめでたい、1杯おごるわ~」
男性に酒をおごる。
「そしたら誕生日の歌うたおう」
僕も男性に名前をきいて、音頭をとり、
「ハッピバースデー、トゥーユー」
誕生日の歌を合唱する。
女性は、僕にも酒をおごるという。
「その代わり、1人じゃ不安だから、川口君の店へいっしょに行ってくれない」
「でもおれ、金ないねん」
「いいわ、そしたら私おごるし」
「そんなら行こ」
僕は女性と、川口君のバーへ行くことになった。
川口君はマッチ棒のような細身の体に、黒いカッターシャツを着て、ボタンを1番上まで留めている。
おかっぱの頭に、はにかんだような笑みをたたえ、バーのマスターというより「パソコン少年」といった面持ちだ。
女性はカウンターに入り込み、後ろから川口君に抱き付きながら、嬉しそうに言う。
「川口君、今日はお店がはねたら、私と飲むんだよね~」
「おお、今日は徹底的に飲もう」
川口君も、笑顔で応える。
川口君は、女性の小学生のお子さんに、自転車を買ってあげたのだそうだ。
「子供に初めて自転車の乗り方を教えるには、ちょっとしたコツがありますからね」
すこし得意気に川口君。
席に戻ってきた女性にきく。
「そんなことまであったのに、なんで結婚せえへんかったん」
「なんか縁遠くなってしまったんよね・・・」
女性と僕は、アドレス交換をした。
「今度私こっちに来るとき電話するから、いっしょに飲も」
「彼女はいるか」ときくから「いない」と答えると、
「そしたら私、フリーの友達いっしょに連れてきて紹介するわ」
「おお、それは楽しみやな」
徐々にお客さんが引け、終わりに向かうかと思われた川口君のバーは、ふたたびお客さんが入り、賑わい始めた。
それに連れ、だんだん不機嫌になる女性。
「なんで約束してるのに、お客さん入れはるねん・・・」
しばらくの後、まだだいぶ時間がかかりそうだからと、女性と僕は先に居酒屋へ行き、川口君を待つことになった。
酔いがまわり、自力で歩けなくなっている女性を、僕は抱きかかえるようにしながら、女性がなじみの居酒屋へ連れて行った。
肘掛けのある椅子に寝そべるように腰掛けながら、女性は川口君に、来られるのは何時になるのかメールを送る。
「5時くらいかな・・・」
川口君からの返信。
まだ1時間以上ある。
女性は寂しげに携帯を閉じた。
やがて女性は、気分が悪くなってきた。
「私奥の座敷でちょっと寝るから、もう帰っていいよ」
いきなりお役御免となった僕は、
「女性は川口君と飲めるのかな・・・」
気になりがらも、大将にあとを頼んで店を出た。
帰りの道すがら、僕は朦朧とした頭で考えた。
立ち飲み屋で楽しく過ごすコツは、その場にいる人達と、
「友達のように飲む」
ことだった。
これまで立ち飲み屋でうまく楽しめなかったのは、大将の橋渡しなしに、どうやって「他人」から「友達」への垣根を越えたらいいかがわからなかったのだ。
でも隣にいる人が、初めから友達だと考えてしまえば問題はない。
これが「関西」なのか。
それとも「若い世代」ということなのか。
はたまた、僕のまわりに元々あったものを、ただ僕が気付いていなかっただけなのか。
いずれにしろ今夜は、楽しいばかりかおごってまでもらって、ほんとうに得をした・・・。
僕はふらふらと歩いて家に帰り、ぐっすり眠った。
次回はおごれよ。
2012-06-23
砂肝とニラの炒め
今日の晩酌。
肴は、砂肝とニラの炒め、なすの塩もみ、冷奴、冷やしトマト、白菜の浅漬。
砂肝とレバーの炒め。
「疲れがたまったときにはレバニラだ・・・」
そう思ってスーパーへ行ったのに、レバーがなかったときには砂肝。
砂肝は、血抜きしなくていい。
タコ糸のような白いものが付いていれば指ではがし取り、5ミリ厚さくらいにそぎ切りする。
酒としょうゆをパラパラとふりかけ、ニンニクとショウガをおろし込み、手でもみ込んで20~30分おく。
フライパンにサラダ油を強火で熱し、片栗粉をまぶした砂肝を重ならないように並べ、こんがりと焦げ目がついたら箸でつまんでひっくり返す。
ニラを入れ、ひと混ぜしたら、しょうゆとオイスターソース各大さじ1を入れ、全体を混ぜあわせれば出来あがり。
なすの塩もみ。
タテ半分に割り、3ミリ厚さくらいに切ったなすに塩1つまみをふり手でもみ込んで、5分ほどおきよく絞る。
旬のなすは、何もかけないのが一番うまい。
酒は焼酎水割りを4杯。
僕は自分が昨日、立ち飲み屋でうまく話せなかった理由を分析する。
「会話はことばのキャッチボール」とはよく言われることだけれど、僕は今年50歳になろうとするこの年まで、会話そのものを楽しんだことがなかったのではないか・・・。
僕は子供の頃から勉強をよくするタイプで、1人であれこれ考えたり、本を読んだりするのは好きだった。
中学校のときには生徒会長をしたから演説は得意だったし、高校から大学ではバンドをやり、自分の演奏で人をよろこばせるのはわりとできるほうだった。
勤めるようになってからも「講師」をすることが多く、人前で一方的に自分が話すのは訓練されてきているのだけれど、それでは人とことばのキャッチボールをすることについて、訓練してきたかといえば、記憶にない。
僕の結婚生活が短期間で破綻したのも、それが大きな原因だったようにもおもえる・・・。
もちろん僕も、気の合う仲間と話をするのは嫌いじゃない。
しかしあくまで、それは限定された人間とだけするのであって、昨日四条大宮の立ち飲み屋で目撃したような、初対面の泥酔したおっさんとのやり取りを、手を変え品を変え楽しむような真似は、僕にはどうやったらいいのか想像もつかない。
もちろんそれは、単に「関東」と「関西」という違いではなく、僕自身の個人的な要因が大きいようにはおもうけれども、少なくとも関西には、「赤の他人と会話する」ことについて、ある「様式」があるようにも感じる。
僕が四条大宮の立ち飲み屋でお客さん同士の話し方を学ぶことは、単に飲み屋のふるまい方を知るということにとどまらず、僕がこれまでの人生で、1人で考え、話をしてきたやり方を、大きく変えることにつながるのかもしれない・・・。
そのように考えて、僕は今日も、立ち飲み屋へ行ってみることにした。
立ち飲み屋には、4人のお客さんが入っていた。
男性3人と女性が1人。
男性は友達連れで、奥にいる女性は1人で来たようだけれど、その場で知り合ったのだろう、男性客と話をしている。
僕は手前の、カウンターの角のところに立ち、酎ハイレモンを注文した。
酎ハイが届くと、隣の30代と思しき男性が、グラスを合わせ乾杯してくる。
「こんにちは、はじめまして、よろしくお願いします・・・」
「こちらこそ、よろしくお願いします・・・」
僕もグラスを合わせ、腰をかがめる。
あごに刈りそろえたヒゲを生やしたその男性とは、それから少し、話をした。
僕がフリーライターをしていると言うと、
「僕も広告代理店にいたことがあるからわかりますが、フリーライターで生活してるというのは大したものです、すごいですね・・・」
「いやそんな大したものじゃないんですが、褒めていただきありがとうございます、恐縮です・・・」
褒められたら礼を言い、謙遜するのが大事であると、僕は分析している。
やがて男性3人組みはお勘定をし店を出ていき、奥の女性1人と僕が残った。
40歳くらいだろうとおもえる、市毛良枝似のその女性に、僕は声をかけてみた。
「この店は、よくいらっしゃるんですか?」
それからしばらく、その女性と話をした。
女性は、香川県の出身だった。
讃岐うどんと、丸亀名物骨付鳥の話で盛り上がる。
それから京都のラーメンの話。
そして「飲み屋のマナー」の話になった。
女性は東京出張の機会も多く、東京の飲み屋でもよく飲んだりするそうだ。
そこでカウンターのお客さんに話しかけても、何の問題もなく答えてもらえるとのこと。
「東京は地方出身者も多いし、あまりあれこれ考えすぎずに、素直に話してみたらいいんじゃないですか、相田みつおじゃないですが、人間だもの、まっすぐ話せば気持ちは伝わると思います・・・」
「そうですね、ほんとにその通りです・・・」
やがて酎ハイを飲み終わった僕は、女性にお礼を言い、お勘定をして店を出た。
家への道を歩きながら、僕は今夜の会話をふり返る。
今夜は昨日とちがい、女性に声をかけ、話はそこそこ盛り上がったけれども、まだ「楽しい」というところまでは、いかない気がする。
もうちょっと面白いことを言ったほうがよかったのか。
それとも何かオチをつけないといけなかったか・・・。
それまた考えすぎてますから。
2012-06-22
牛肉のすき焼き風
今日の晩酌。
肴は牛肉のすき焼き風、ピーマンの焼いたの、白菜の浅漬、それに昨日のニシンとなすの煮物。
牛肉のすき焼き風。
安いオーストラリア産の牛こま切れ肉は、スーパーの特売で買ってくる。
いっしょに牛脂ももらってくれば、味はよくなる。
フライパンを強火にかけて牛脂を溶かし、牛肉を炒める。
牛肉の色が変わったら、うす切りにした玉ねぎを入れさらに炒める。
出しカップ1を注ぎ、酒とみりん、しょうゆそれぞれカップ4分の1、砂糖大さじ1~2を加え、味をみて、大きめに切った焼き豆腐を入れ、落としぶたをして5分くらい煮る。
シメジを入れ、シメジがしんなりしたら卵でとじれば出来あがり。
青ねぎと、七味をふって食べる。
ピーマンの焼いたの。
タテ半分に切ったピーマンの種を除き、焼き網で表と裏を、焦げ目がついてやわらかくなるまで焼く。
削りぶしとポン酢をかける。
白菜の浅漬。
ざく切りにした白菜を、白菜8分の1にたいして3~4つまみほどの塩で揉み、ハサミで細く切った出し昆布と小口切りにした唐辛子といっしょに漬物器に入れ、重しをかける。
翌日あたりから食べ頃になる。
酒は焼酎水割りを4杯。
東京で育った僕は、東京で酒を飲んできているから、飲み方も東京の流儀になる。
ところが京都へ来てみて、関西の流儀が東京とは大きく違うのに、いまだに慣れない。
もっともオネエちゃんがいる飲み屋では、それほど違ったところもないようにおもえる。
オネエちゃんがいる飲み屋では、お客は基本的におっさん行為をすることになる。
オネエちゃんもお店の従業員という立場から、お客さんを立ててくれるから、節度をわきまえ、またオネエちゃんにたいして本気になってしまわないことに気を付ければ問題ない。
違うのは、「カウンター」での飲み方だ。
東京の飲み屋のカウンターでは、隣にいる知らないお客さんに勝手に話しかけるのは、マナー違反になる。
バーテンなりママなりがカウンターでの秩序を取り仕切っていて、1人客には自分が話し相手になることもあるし、「このお客さんは隣のお客さんと話をしたらいい」と思えば、
「こちら高野さんといって、○○されている方なんですよ」
という形で紹介してくれる。
相手の紹介も受け、そこで初めて、
「そうですか、はじめまして、よろしくお願いします」
とあいさつをし、お客さん同士の会話が始まることになる。
これはべつに、格式の高いバーに限ったことではなく、東京ならふつうの居酒屋でも通用しているやり方ではないかとおもう。
ところが関西では、カウンターで隣り合ったお客さんをバーテンが紹介するなどということは皆無、お客さんはカウンターで、好きなお客さんと話していいことになっている。
時には他人同士のお客さんがすわっているカウンターの全体が、1つの話題で盛り上がることもある。
僕はいまだに、紹介を受けないカウンターのお客さんとどのように話したらいいかがわからず、まったく話せないか、話してもピント外れなことしか言えないことが多い。
そういう関西流の飲み屋の最たるものが、「立ち飲み屋」だとおもえる。
四条大宮にわりと若い大将がやっている、たいへん繁盛している立ち飲み屋があり、いつも夜の散歩の途中でのぞくと、狭い店内にお客さんがぎっしり詰まって、喧々ガクガクと話をしている。
あれだけの人数が友達同士であるわけがないから、お店の常連さん同士で顔見知りであるにしても、他人同士ということなのだろう。
けっこうな美人の女性がいることもあり、僕も中に入ってみたい気持ちがないではないが、話に加われる自信がなかったので、これまで敬して遠ざかっていた。
でもせっかく関西にいるのだから、僕も東京のやり方にこだわるのでなく、関西の流儀を身に付けたい・・・。
そこで今夜はとうとう、四条大宮の立ち飲み屋へ出かけていった。
L字型のカウンターがあり、入口に近いところには4人連れの男女、奥に2人連れの女性がいて、僕はそのあいだのが空いているところに位置をしめる。
酎ハイレモンを注文し、まん前にあるテレビを眺めながら、お客さんの話を聞いていた。
4人連れは、60歳くらいの男性と、40歳くらいの男性ふたりと女性ひとり。
60歳くらいの男性が、大きな声で話をしている。
奥の女性も40歳くらい。
女性は会社勤めの雰囲気だ。
ふとそのとき、僕は4人連れだとおもったお客さんが、4人が全員連れではなく、60歳の男性が、居合わせた3人連れに絡んでいるだけだということに気が付いた。
60歳の男性はおなじ建物にあるスナックへ来て、それからこちらに来たらしい。
かなりの泥酔、目は完全にすわっている。
40歳の3人連れにたいし、ろれつの回らぬ舌で、何やら失礼なことをわめき散らしている。
これは東京なら、完全なるマナー違反、「ほかのお客さんに迷惑をかける行為」は重罪だから、店からつまみ出されるのは確実だ。
ところが大将は、注意して見てはいるが、そのままにしている。
また驚くことに、3人連れの方も、怒る様子もなく、その酔っぱらいの相手をしている。
酔っぱらいをからかって、楽しんでいるようだ。
酔っぱらいがつまらないダジャレを言えば、
「すいません、それ放送事故です、ゴメンナサイ・・・」
酔っぱらいの隣にいる男性が、酔っぱらいに背中を向けてカウンターに片肘を付き、身を乗り出すようにして酔っぱらいとのあいだをさえぎって、
「オレ関口宏ばりに腰ひねっとるよ・・・」
その場ではじめて出会った泥酔したおっさんにたいして、どうやったらこういう当意即妙なやり取りができるのか、僕にはまったく見当もつかず、ただただ感心して4人のやり取りを眺めていた。
しかしどんどんボルテージが上がっていき、罵詈雑言を吐き散らす酔っぱらいに、3人連れも大将もさすがに堪忍袋の緒が切れて、やがて酔っ払いは、半ば追い出されるように店を出ていった。
入れ替わりに女性が入ってきた。
「かなりの美人・・・」
奥の女性2人連れの友達らしい。
やはり40歳くらい、冨士眞奈美を30歳くらい若くしたようなトランジスターグラマーで、茶色くきれいに染めた髪をアップにし、黒くふんわりとした服に白いストールを巻いている。
奥の2人と僕のあいだに位置をしめ、酎ハイを飲み始めた。
女性は隣にいる僕のことを時々チラ見する。
「意識しているらしい・・・」
僕も女性と話したいとおもい、マスターに飲み終わった酎ハイのお代りをたのんだ。
しかし、どうやって女性に話しかけたらいいのかわからない。
マスターも、べつに話を取り持ってくれる気配もない・・・。
女性は、コロコロと鈴が鳴るような声をしている。
僕と話すきっかけを作ろうとしたのだろう、大将に引っかけて、下ネタの話をする。
僕が笑うと、
「あ、この人、ニタリとしはった・・・」
でも僕は笑うだけで、それ以上なにか言うことができない・・・。
そのうち女性は僕に興味を失ったとみえ、女性3人で話し始めた。
2杯目の酎ハイを飲み終わった僕は、大将にお勘定をしてもらって店を出た。
外は雨だった。
僕はびしょ濡れになって、家に帰った。
2012-06-21
ニシンとなすの煮物
今日の晩酌。
肴はニシンとなすの煮物、オクラおろし、スルメイカのぬた、厚揚げの焼いたの、それに塩辛。
ニシンとなすの煮物。
京都では定番のこの料理、昔はニシンをカチカチに干し上げた「身欠きニシン」が使われていたが、今は「ソフトニシン」があり、身欠きニシンのように丸1日かけ水で戻したりしなくても、すぐに使える。
ソフトニシンは沸騰した水で1分ほど煮て、水を捨て、2センチ幅くらいの食べやすい大きさに切る。
なすもゴロゴロと大きめに切り、2~3分下茹でしておく。
フライパンに水1カップを張りニシンを入れて強火にかけ、沸騰したら弱火にし、5分ほど煮て出しを取る。
酒2分の1カップ、みりんとしょうゆそれぞれ4分の1カップ、砂糖大さじ1~2を入れ味をみて、なすを入れ、落し蓋をして強めの中火で10分ほど煮、汁がいい加減に煮詰まれば出来あがり。
七味唐辛子と山椒を両方かけて食べる。
ニシンの素朴な味と、なすがよく合う。
オクラおろし。
これは檀一雄のレシピ。
オクラは塩を多めにふった水で1~2分さっと煮て、小口に切る。
これを水を切った大根おろしとよく混ぜあわせ、オクラの粘り気を大根に移したのち、冷蔵庫に20~30分入れ冷やす。
冷えたところにちりめんじゃこを入れ、ふたたび混ぜあわす。
ポン酢をかけて食べる。
さわやかで、滋味あふれる一品。
スルメイカのぬた。
イカをぬたにするには生で使うことが多いが、さっと茹でてもいい。
塩をふった水を沸騰させ、まず3~4センチ長さに切った青ねぎを入れ火を通す。
そこに5ミリ幅くらいの輪切りにしたスルメイカの胴を入れ、時間にして10~20秒、スルメイカがピンク色になったらすぐにザルに上げる。
カラシ酢味噌は、白味噌とみりん、酢を同量程度にカラシを少し、混ぜあわせる。
スルメイカの足は即席の塩辛にする。
スルメイカのワタに塩1つまみをふりよく混ぜて、ぶつ切りにした足を和え、冷蔵庫に2~3時間おく。
酒とみりん、ポン酢果汁を1たらしする。
厚揚げの焼いたの。
フライパンを中火にかけて、厚揚げの表と裏を焼く。
青ねぎをふり、ショウガ醤油で食べる。
酒は焼酎水割り。
4杯ほど飲み気分は最高。
夜の散歩に家を出た僕は、顔を出したい店がいくつか思い浮かばなくはなかったが、昨日に続きふたたび新規開拓をしてみようと思い立った。
飲み屋の新規開拓とは、
「自分にとって理想の居場所」
を見つける旅だと僕にはおもえる。
理想の空間、理想の料理、理想の酒、理想の店員、さらに理想の料金・・・。
もちろん自分の理想をかなえてくれる場所などこの世に存在するはずがないのだし、理想の飲み屋を探すことなど単に「酔っぱらいのおっさんの夢」であることは、僕だってわかっている。
わかっていはいても、
「もしかしたら、あるんじゃないか・・・」
そう思う気持ちを消し去ることができず、夜な夜な飲み屋を訪ね歩くことになる。
大宮通を南へ下る。
晩酌をすませ、腹はいっぱい、酒も十分入った僕は、フラフラと歩いていく。
台風が通り過ぎていったから、涼しい風が気持ちいい。
四条大宮の交差点を渡ったあたりに、以前行った、椎名林檎似のママがやっているカフェバーがある。
立ち止まり、入口の看板をぼんやりと眺めていたら、その瞬間、
「カチッ」
という音がして、エントランスの電気が消えた・・・。
「僕に来るなと言っている・・・」
もちろんただ決まった時間が来たから電気を消したに違いないが、僕はそう理解して、おっさんはあまりに場違いだった椎名林檎のバーのことは、もう忘れることにした。
高辻通を東へ行き、堀川通をわたる。
油小路を越え、西洞院通。
北へ行き、仏光寺通を西へ入って、また堀川通へもどる。
もう時間が遅いから、開いている飲み屋もないではないが、手頃なバーは見つからない。
堀川通を北へ行き、綾小路を東へ入る。
まっすぐ歩いてふたたび西洞院通を越え、さらに新町通も越える。
もうかれこれ1時間近くも歩いているから、さすがに疲れてきた。
室町通りまで来て、さすがにもう引き返そうと左へまがる。
「あった・・・」
赤い看板と、入口の赤いテントが、煌々と夜道を照らしている。
近付いてみてみると、バーではなく、「カフェ」となっている。
入口にあるメニューを見ると、ウィスキーは650円。
ただ料理のメニューも色々あるようだ・・・。
「料理をたのまないといけないようだと困る・・・」
地下へとつづく階段を降りてみる。
分厚く大きな木のドアが閉まっている。
隙間から中をのぞくと、ずいぶん広いようにも見える・・・。
「テーブルに1人でポツンと座るのでは、居場所がない・・・」
いったんは引き返そうかとおもったが、ここまで来て、入らずに帰ったのでは男がすたる。
思い切ってドアを開けてみた。
氷川きよし似のお兄ちゃんが出てきた。
「千円で1杯飲めますか・・・」
大丈夫だと言うので、中へ入った。
店内は広く、テーブル席やソファの席もたくさんあるが、奥にはカウンターもある。
僕はそこへ腰掛け、一番安いウィスキーの水割りをたのんだ。
もう閉店時間も近いようで、お客さんは他に1組だけ、テーブルで食事をしている。
氷川きよしのお兄ちゃんは店長で、店を経営する会社に雇われているが、采配は全て、お兄ちゃんが振るっているという。
年の頃は30代、髪も氷川きよしそっくりの茶色く長めで、髪の先は外側に跳ねている。
グレーの細身で丈の短いジャケットに、やはり細身のベージュのパンツ、白いボタンダウンという、いかにも流行りの、ファッショナブルないでたち。
しばらくはお兄ちゃんに、会社や店のことをきいたり、夜の散歩の話をしたりして時間を過ごした。
やがて小皿にはいった食べ物が出てきた。
「これはチャージじゃないの?」
「サービスだ」というから、ありがたくいただくことにした。
食べ物を持ってきてくれたのは、
「オネエちゃん・・・」
年の頃はやはり30歳くらい、和久井映見似で、長い髪をしばって後ろに垂らし、ワイシャツに黒いベスト、蝶ネクタイの、バーテンの格好をしている。
このオネエちゃんもやはり社員で、店長の右腕となっているらしい。
オネエちゃんを見て、俄然元気になった僕は、食べ物の名前をきいてみる。
「パンツァネッラです」
食べてみると、パンにキュウリなどの野菜をまぜ、ドレッシングをかけたもの。
「なんだ、パンサラダか」
オヤジのダジャレを飛ばしてみる。
「そうなんですよ、パンツァネッラとかしゃれた名前が付いてますけど、実はパンサラダです」
合わせてくれるオネエちゃん。
僕はすっかり嬉しくなって、それからそのオネエちゃんと、そしてもちろん店長と、しばらく話をした。
僕が以前から気になっていたけれど、高そうだからと入ったことがなかった四条堀川にあるバーを、オネエちゃんは知っていて、
「チャージがついて、最低でも1300円はかかるから、お客さんの夜の散歩には、あまり適当じゃないかもしれませんね・・・」
親身な様子で答えてくれる。
この店はランチもやっていて、今日はオネエちゃん、昼間のランチから深夜のクローズまで、2時間休むだけで通しで入っているそうだ。
「それじゃ、もう明日はゆっくり休まなくちゃね、店長に僕が言ってあげるから・・・」
酔っぱらいのありがた迷惑な親切にも、オネエちゃんは苦笑しながら、
「ありがとうございます」
と礼をいう。
ウィスキーを飲み終わった僕は、お勘定を払って店を出る。
オネエちゃんは、にこやかな顔でお辞儀をしてくれる・・・。
僕は「絶対また来よう」と心に誓った。