2012-02-23

これはまちがいなく1つの王道。
「鶏の赤だし鍋」


日本の基本調味料である味噌は、「手前味噌」ということばもあるくらいで、昔は自分の家で作っていたわけだから、それこそ全国、山のような種類がある。

大豆をおもな原料とするのは共通しているけれど、そこに米や麦を入れたり、熟成期間を長くしたり短くしたりすることで、さまざまな特徴をもった味噌ができる。

微生物のはたらきによりできる発酵食品の味の豊かさは、やはり格別のものであり、これを中心に据えているところが、東洋の食の特徴といえるのではないだろうか。

西洋やインドで、発酵食品といえば「チーズ」や「ヨーグルト」なのだろうけれど、それが西洋料理やインド料理の中心であるとまでは、ちょっといえないところがあるだろう。



西洋の料理は、味付けの中心となるソースを作るのに、人間が一から手をかけることになる。

ドミグラスソースなどは、それこそ何日もかけて、煮込んで、コクを出していく。

日本の場合なら、昆布に削りぶしのだしを取り、そこに味噌なり醤油なりを入れれば、あっという間においしいソースが出来てしまうわけだけれど、しかしもちろん、それには前段階がある。

昆布にせよ、削りぶしや味噌、醤油にせよ、それまでに何ヶ月とか、何年とかの時間をかけ、微生物にまかせ、熟成されてきたプロセスが、じつは隠されているわけだ。



日本人は、何につけても、「他力本願的」であると言われることがあるだろう。

たしかに福島で原発事故が起こっても、ドイツではすぐに、10万人規模のデモが行われたりして、それにより政権が原子力政策を変更したりすることになる。

しかし日本では、以前よりは人が集まるようになったとはいえ、それでもデモが盛り上がる気配はないし、政権が政策を変更する様子もない。

神様にしても、西洋のキリスト教が、「信仰」という自らの努力で、幸せを勝ち取るようになっているのに対し、日本の神様は、「神頼み」の対象で、自らの意思や努力とは、あまり関係がないところにいることとなっている。



これはもちろん、日本のダメなところであるのも確かだと思うけれども、しかし「意思」や「努力」だけではどうにもならないことがあるのも事実だろう。

どんなに努力してみたところで、自然の微生物は、そうそう働きを早めてくれるわけではない。

微生物と付き合うために必要なのは、「待つ」ことだ。

一見何もしていないように見える、「待つ」という行為は、その実、生き物としての自然の調和を実現させるための、唯一の方法だともいえるだろう。



おそらく、いま大多数の日本人は、待っている。

割り切れない想いを胸に押しかかえながらも、待つことだけが、次への展望を生み出すことだと信じている。






味噌の多くは、大豆に米を混ぜた「米味噌」だけれど、大豆に塩と種麹だけで作られる「豆味噌」もある。

豆味噌の代表ブランドである、名古屋の「八丁味噌」は、「二夏二冬」、まる2年のあいだ、樽で熟成させることにより作られる。

豆味噌の深いコクは、米を入れることで短期に熟成させる米味噌には、到底かなわない。

名古屋の人は、味噌汁といえば、この豆味噌をつかった「赤だし」で、「松屋」などの牛丼屋でも、名古屋の店だけは、味噌汁に赤だしを出すようになっている。



赤だしは名古屋のものだけかと思ったら、京都へ来てみると、意外に赤だしを使う。

寿司屋へ行くと、汁物は「吸い物」か「赤だし」で、白味噌の味噌汁はなかったりもする。

京都の宮中では、冬は白味噌、夏は赤味噌を使うものだったのだそうだ。

じっさい京都の味噌蔵では、白味噌だけでなく、赤だし味噌を作っているところもある。



鶏肉を鍋にするやり方としては、まずは「水炊き」があるだろう。

それから京都などでは、「鶏鍋」といえば、みりんにうすくち醤油で味付けしたものが出てくる。

しかしもうひとつの王道は、赤だし味噌で味付けしたものだろう。

名古屋の「味噌煮込みうどん」は、赤だしで味付けした鶏肉の鍋に、うどんが入ることとなっている。



米味噌の場合には、あまり煮込むと風味が消えてしまう。

味噌汁を作るときにも、味噌は最後に入れるくらいで、鍋で煮込むにはあまり向かない。

ところが赤だしは、「煮込めば煮込むほどうまくなる」といわれる。

鍋に使うのに、まさにうってつけというわけなのだ。



昆布と、削りぶしや煮干しで、強めに取っただしに、赤だしを溶き入れる。

味付けは、これだけで十分だ。

ところが名古屋の人は、鍋やおでんのとき、ここに砂糖を入れ、かなり甘めに味付けする。

赤だしだけで十分おいしいのに何故なのだろうと、不思議に思っていたのだけれど、考えてみたら、赤だしだけだと、名古屋の人にとっては、ふだん飲む味噌汁と、何も変わらないことになってしまうからなのだろう。

ほかの地域では、煮物や煮込み料理には醤油を使うから、味噌汁とは自動的にちがうものとなる。

しかし名古屋では、両方に赤だしを使うから、砂糖によってメリハリを付けないと、ぜんぶが同じ味になってしまうことになる。



まず鶏肉を10分くらい煮て、それから白菜や長ねぎ、油揚げ、シイタケなどの野菜を煮る。

ほんとうはここに、生卵を落とすとうまかったのだが、何か忘れていると思いながらも、とうとう思い出せなかった。



赤だしの濃厚な味には、七味ではなく、一味唐辛子が合う。



うどんを煮込むと、もちろんうまい。

鍋にいっしょに入れて、味噌煮込みうどんにしてもいいことは、まったく言うまでもない。