2011-01-18

鶏もも塩焼き

このごろ僕の献立の決め方について、1週間か10日くらいの周期で、ちょっとしたパターンがあることがわかって、鍋も初めは水炊きとか、薄口醤油で味を付けたりとか、うす味のものを食べるのだが、そのうち味噌味とか、コチュジャンを入れたものとか、コッテリしたものになっていって、そうなると、鍋じゃないものが食べたくなって、ということを繰り返しているようなのだ。
毎日同じようなものを食べていると思っていたが、多少の変化はあるのだな。

それで昨日は、おとといコッテリ味のユッケジャンを食べたせいで、鍋じゃないものが食べたい日になり、僕は鍋じゃない食べたいものの筆頭が、鶏もも肉の塩焼きなのだ。

これはまず、鶏肉というものが、国産であるにもかかわらず、けっこう安いということもあるのだが、それだけじゃなく、あの素朴な味の肉を、塩だけふって焼き、青ネギとレモン汁をかけて食べるという、それがなんとも好きなのだ。
20代から30代のころ、毎日のように渋谷の焼き鳥屋に通ったので、そこで刷り込まれてしまったということなのかもしれないが、肉を焼いて食べるなら、僕は鶏肉がいちばん好きだ。
煮て食べるなら豚肉。

この鶏もも肉、粗塩だけふって、皮目から焼き始めるのだが、最大のポイントは、フタをせず、弱火でじっくりとやること。
皮はパリっと、中はぷりぷり、としたいわけで、フタをしてしまうと、水蒸気がこもってしまって、皮がやわらかくなってしまう。
また火が強いと、皮は焼けても、中に火が通っていない、ということになってしまう。
これはけっこうな時間がかかって、皮目を焼くのに15分か20分くらい、皮にこんがり焼き色がついたら、裏返して10分くらいなのだが、この時間を惜しむと、おいしくならないのだ。

それからもう一つ、これも大きいと思うポイントは、焼き上げて切ってみると、中が赤い場合があるのだが、それをあまり気にしないこと。
火がそこそこ通っていても、赤く見える場合があるし、また実際、生焼けの鶏肉がどの程度からだに悪いのかは知らないが、焼き過ぎた肉ほどまずいものはない。
僕はそれをこの2年ばかし、食べ続けているが、とくべつ腹をこわしたりもしたことはないので、うまいものを食べたいと思ったら、あまり神経質にならないほうがいいのだ。

わさびや柚子胡椒などを添えてもいいと思うが、青ネギとレモン汁だけで食べるのが、僕はいちばん好き。

それでこの鶏もも塩焼きには、おしたしが欠かせない。
ほうれん草よりは、しゃっきりとゆで上げた水菜が合うが、昨日は水菜もほうれん草も、えらい高かったということもあり、白菜。
1/8カットというのが、グルメシティには売っていて、一人分にはそれがちょうどよいのだが、48円。
水菜は198円だったから、1/4以下だ。
青菜は僕はとても好きだが、あの独特の苦味で攻めてくる、男性的な青菜にたいして、白菜はとくべつな主張はないが、しみじみとした甘みがあって、母の味だよな。

芯をとってばらしてゆでるが、僕の小さな片手鍋では入りきらない。

でも火が通るにつれやわらかくなるので、押し付けていると、鍋におさまっていく。

昨日は湯に塩をふるのを忘れたのだが、そうするとやはり、水っぽさが残ってしまった。
ほうれん草は、塩ゆでするとアクが残ると思うのだが、あとの野菜は、塩を入れたほうがいい気がするな。

これもおかかと醤油だけかけて食べる。
切り口を上にして、縦に盛り付けると、醤油をかけたときうまく全体にしみやすい。

あとは湯豆腐。

昨日はこれにつけるタレに、いつもの醤油だけじゃなく、レモン汁を入れてみたら、これがかなりよかった。
僕は売ってるポン酢は、どうも味がまろやかすぎて、もっと醤油が利いていたほうがいいと思っていたのだが、こうやってふつうの醤油に、自分でレモン汁を入れると、醤油の味も弱くならず、またレモンだから、かなりパンチのきいた酸味がついて、ばっちり僕好みだった。

酒は昨日は松竹梅。
そしたらやはり3合だった。
酒の量と味とは、やはり反比例するのか。