2010-11-25

「新興衰退国ニッポン」 (金子 勝・児玉龍彦)


この春で勤めを辞めた僕なのだが、世の中の様々なことについて、勤めている時には、どうしても勤め先に関係あることを取捨選択して見るようになっていたのが、辞めてみると、等身大の自分自身で受け止めないといけないことになる。自分の所属先が、以前は「会社」だったものが、今は「日本」ということになっていて、そうなるとどうしたって、日本の行く末というものについて、色々と考えてしまうのだ。

おとといも北朝鮮と韓国の砲撃戦があり、すわ戦争勃発かと一瞬思ったけれど、まあ戦争というものは、そう簡単には起こらないわけで、とりあえず今は収束しているけれども、あれが例えば韓国ではなく、日本の陸地を砲撃してきたら、どうするだろうと考えてしまう。韓国の大統領は、即座に「何倍にもしてやり返せ」と言ったそうだが、日本の首相は果たしてそんなことが言えるのか。また万が一戦争にでもなった場合、自衛隊に任せておいていいものなのか。ケンカもしたことがない自分は、その日のために、空手くらい習っておいた方がいいのじゃないか。そんなことかよ。

戦争とまでは行かないにしても、このところ沖縄の問題をはじめとして、中国やロシアとの領土問題とか、世界における日本の位置を改めて問われる問題が頻発しているのにも関わらず、民主党政権はどうも頼りなく、頼りないのは新米だから当然であるとしても、やりたい事自体がまったく見えず、皆やりたかったのはただ総理大臣になることだけだったのかと疑いを持ってしまう。そういう中、政府に不満を持った海上保安官が機密のビデオを流出させたりもして、公務員の規律も地に落ち、日本がどんどん壊れ、メチャクチャになっていくことが、実感として感じられる。

なぜ、そして、どう、日本は壊れているのか、知りたいと思って、ネットやら本やら、チラチラと眺めているのだが、そういう中で金子勝というのは、経済学者、慶応の教授で、もう60歳近くの人なのだが、以前からツイッター(http://twitter.com/masaru_kaneko)で積極的に発言しているのを見て、その内容がわりと僕の心情に近く、また個別の物事にたいして、かなり徹底した、辛口の批判をするのだが、それがよくありがちな、自分の立場や利益を守るためのものではなく、今自分がきちんと発言して、なんとか少しでも世の中を変え、若い世代にちょっとはましな日本を引き継いでいかなければいけないという使命感でやっているということが感じられ、それってかなり疲れる、報われることの少ない仕事だと思うから、ほんとに頑張ってくれていると思い、陰ながら応援していて、この「新興衰退国ニッポン」は、金子氏がつい最近書いた本で、本人もまずこの本を読んでみて欲しいと書いていたから、今回読んでみたというわけなのだ。長すぎだ、一文。

それで読んでみて、大変おもしろかった。おもしろいというか、正確にいうと、自分たちの国がここまでメチャクチャになっているということを、豊富な知識、とくに海外の動向についての驚くほど豊富な事例をひきながら、克明に、赤裸々に書いているから、読んでいてちょっと辛い。でも著者も書いているとおり、現状についてきちんと認識しない限り、先に進むことができないというのは、言うまでもないことなのだし、ましてや著者は、今の日本の最大の問題点は、政権担当者や、それに近い官僚、財界、医師会、などの人たちが、自分たちが犯した誤りをみとめず、戦争中の大本営発表にも匹敵するような、嘘の上塗りをしていることであると、それを変えない限り、日本はどうにもなっていかないと書いているのだから、これは辛くても、向き合わなければいけないことなのだ。

最大の失敗は、小泉「構造改革」にあったと著者は言う。小泉元首相は、その前の中曽根元首相からの路線を引き継ぎ、アメリカ発の「新自由主義」という、「官から民へ」「効率第一」「すべては市場に任せればうまくいく」という考えに乗ってしまったことで、医療から福祉、教育、雇用、産業、などをことごとく破壊した。財界の言うことを聞いて、派遣など有期雇用を解禁したことで、貧困者が急増し、医療改革や保険制度改革と相まって、満足に医療を受けられない人の数が数百万人にのぼり、4分の1の子供は給食費も払えず、出生率も激減している。大学制度改革によって、きちんとした職のない研究者が増え、企業も巨額の内部留保を貯めこみながら、研究者の雇用を控えてしまったために、今や医薬品や環境エネルギーなど先端技術開発について、深刻な遅れをきたし、アメリカはもちろん、ドイツや中国、韓国台湾などにも抜かれてしまっている。読んでいくと、ここまでひどいのかと唖然とさせられる。

そういう状況を食い止め、新自由主義から決別し、日本を新たな理念のもと、つくり替えるという期待を担って、政権交代を果たした民主党だったが、マニュフェストには見るべき政策が書かれていたものの、今や官僚や財界など、自分たちの間違えを認めたくない、旧守派勢力に妥協してしまい、政策を次々と後退させている。理念の転換こそが必要とされるときに、民主党の議員は誰もそれをきちんと説明することができず、子ども手当の財源をどうするかなどという矮小化された問題に終始してしまっている。

今や政権も、企業の経営者も、自分たちの立場を守るということしか考えない団塊の世代によって占められており、彼らはそのために、若い技術者や労働者を切り捨てている。そのために日本の体力は急激に落ち、彼ら団塊の世代の老後すら、危ういものにさせているのに、それをきちんと見ようとせず、場当たり的な対応で済ませている。今の日本は、まさに破滅への道を一直線に進んでいるのである。

著者は巻末に、日本再生のための処方箋を提示し、またそれを、政策担当者は、人が嘘をつくからといって、自分も嘘をつくということではない、少しでも本当の議論を積み重ねていくことで実現していかなければならないと書いている。それはまさに正論なのだが、そんなことが実現する日がやってくるのか。そもそも小泉「構造改革」というものが、日本の抵抗勢力というものを一掃し、新たな日本をつくり上げるための処方箋なのではなかったか。しかし小泉「構造改革」において、真の抵抗勢力は、姿をくらまし、巧みに立ちまわって政権の内部に入り込み、自分たちの利益になるように政策を誘導したのだ。今の民主党政権においても、変わらぬことが起こっているのだろう。

日本が新たに成長し、世界の一翼で役割を担う、きちんとした国になるということについて、その方向は見えているのに、今やそれも風前の灯、実際にそこへ向かっていくという機運も感じられないし、道筋も見えない。まさに絶望的な状況なのだが、しかし僕は、少なくとも間違いないのは、革命では物事は変わらないということだと思う。小泉「構造改革」にしても、今回の政権交代にしても、それまでの方向を大きく転換させる、革命的な事件だったと思うのだが、それによって何も変わっていない。いやそれどころか、以前より悪くなっている。それではまた新たに政権交代をと言ったって、その時は開放感があるかもしれないが、けっきょくはまた同じことを繰り返すだけなのだ。

そうではなく、著者が言いたいのは、著者がツイッターで報われない批判を続けるように、日本国民の一人ひとりが、日本の現状についてきちんと向き合い、それを変えていくということについて、小さくてもいいから、自分ができることを続けていくと、それに尽きるということなのだろう。絶望的な状況だが、前へ進むしかないのだし、けっきょくはそういう小さな活動の総体が、日本をつくり上げているのだから。


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