2009-07-13

つまみ 小いわしの刺身


今日はマダムジョイ、鮮魚コーナーに小いわしが安くたくさん出ていて、僕は夕方に行ったのだから、まだたくさん残っているという事なわけだが、呼ぶんだよな、僕を、買ってください、食べてください、と。この声が、果たして小いわしの声なのか、それともマダムジョイの鮮魚担当の声なのかは微妙なところだが、小いわしは夏中食べられるが、刺身に適した大きめなのは、早めの時期しか出ないということも聞いていたので、面倒臭いんだよな、小さな小いわしを一匹ずつさばくのって、って一回さばいただけで偉そうだが、でもせっかくだから、あるうちに食べとくことにしたというわけだ。
小いわしは水で洗ってうろこを取って、って果たしてうろこが取れているのかは定かでないが、とりあえず指で軽くこすって洗うという意味だが、それで前回は、スパークに張ってあった、小いわしのさばき方の書いてある紙、それに従ってティースプーンを使ったのだが、今回はカレーとかを食べる時用の普通の大きなスプーン、これを使ってみた。エラの所からしっぽに向かって、まさにカレーをすくうように、肉をこそげ取るんだな。ティースプーンよりこちらの方が、グリップはいいし、全然やりやすかったな。強く押し付けると反対側の肉がつぶれてしまうから、注意しないといけない。やってるうちに要領がつかめてくると楽しくなって、鼻歌唄っちゃうね。
こうやって魚をさばいたり、あとアサリを酒蒸ししたり、生き物の丸まんまを調理するときいつも思うのだが、こういうことって、たとえば鯨を殺したりするのに西洋人が反対するように、見る人が見ると、残酷なことだったりするわけだ。しかし小いわしをさばくこちらは、まったくそんな風には思わず、一匹一匹可愛がって、愛情を込めて、三枚に下ろすわけだよな。まあ確かにその愛情は、小いわしにとっては迷惑なことなのかも知れないが、でも小いわしだって何かを食べてるわけで、食物連鎖というものを、強者生存とか、環境に適したものが生き残るとか、そういう言い方をすることは、何か違和感あるんだよな。
で、さばいた小いわしを、ボール、と言いたいが、僕はボールを持っていないので、こういう場合もラーメンどんぶりで兼用するのだが、それで何度も洗う。7回洗うと鯛の味、と言うそうだし、マダムジョイのおいちゃんも、最低5回は洗ってくれと言っていた。そしておいちゃんの助言に従って、最後は氷水で締めて、出来上がり。
ちなみに刺身の妻の大根は、専用の器具がないので、大根を桂剥きにして、それから千切りにしてみたのだが、そうそう上手くはできないな。ぶっとくなってしまったが、食べるのには問題ない。

それから今日も、ナスの塩もみ、塩もみしたナスと、ミョウガ、大葉、ショウガ醤油、それにゴマを和えるのだが、このゴマ、僕は普通のゴマを常備しているのだが、ひねりゴマという技があるそうで、ゴマをふりかけるとき、指でつぶしながらふりかけるということなのだが、いやつぶれるものなんだな、そうするとゴマの香りが立って、さらに美味であったとさ。