2011-02-04

池波正太郎のそうざい料理帖・蛤の湯豆腐


料理のレシピというものは、大概のものが、余計な材料やら調味料やらをゴテゴテと使ってあって、それはどうしても、レシピの作者というものが、その単品のレシピ一つひとつが、いかにほかと違っているのかで勝負しようとするからだと思うのだが、そうすると一人暮らしが毎日つくるものの参考には、あまりならない場合が多く、僕は最近は、ほとんど見ない。
なのだが、料理の本自体は、見るのは嫌いではなく、とくに、僕が男だからだろう、男性の、さらに作家が、書いたものというのは、おもしろいのが多い。

こないだ紹介した檀一雄の「檀流クッキング」は、その最高峰に位置するものだと思うが、こまかな料理の作り方どうのこうのというよりも、やはりその人の生活全体のなかに、料理というものがどのように位置付けられているのか、ということをうかがい知ることが、おもしろいのだな。
だいたい料理研究家は、新しいレシピを、一日に2つも3つも、考えなければいけなかったりするのだろうから、レシピを考えるために生活しているようなもので、そういう人の食生活には、まったく興味がわかず、したがってレシピにも興味がないのだ。

だいたい僕は、忙しいとか、金がないとかいう理由で、毎日吉野家の牛丼を食べるような人間は嫌いだ。
いやもちろん、仕事上、付き合う必要があれば、きちんと大人としての付き合いはするが、友達にはなりたくない。
べつに食い物に金をかけろとか、時間をかけろとか言っているわけではないのだが、食べるというのは、人間が生きていくために、第一に必要なことであり、「食べる」ということばが「生きる」ということばと、同じ意味で使われることすらある、人間にとって中心的な課題であるにもかかわらず、それをないがしろにする人間は、ほかに何のたいしたことを見つけられるとは思えないからだ。

とまあ、ずいぶん偉そうに、ヒートアップしてみたが、池波正太郎。

池波正太郎が食通であるというのは、つとに知られた話で、浅草生まれの浅草育ち、若いころは株屋で儲けたから、うまいものをかなり食べている。
そういう美食遍歴を、ただ書いたものであれば、僕はほとんど興味がないのだが、この「そうざい料理帖」には、池波正太郎が毎日の食事や晩酌で食べているものがのせられている。

池波正太郎自身は、檀一雄などとは違って、自分で料理はほとんどしないみたいで、奥さんやらお母さんやらが作るものなのだが、自分が食べたいものが食べられるように、かなりの教育をするみたいで、正月には女たちを並べて座らせ、批判やらほめたりやら、するというから、これは池波正太郎が作っているといっても、あまり差し支えないものなのだ。

載っているものが、またどれもうまそうで、しかもシンプル。
ミニマル料理の手本のようなものが、ゴマンと出てくる。
また池波正太郎が浅草育ちだから、どれもいかにも、東京の下町風情の食べ物ばかりなのだな。
白魚の椀盛り、鯛の塩焼き鍋、浅蜊のぶっかけ飯、豚肉のうどんすき、鮪のヅケ焼き、間鴨入り生卵のぶっかけ飯、などなど。
池波正太郎は、時代劇作家だから、文章にイチイチ趣きがあり、それら食べ物にまつわる思い出やら、逸話やらが書かれているから、なおさらそれを食べてみたくなる。

「小鍋立て」というのも多くて、晩酌に、小さな鍋で2品か3品のものを、自分でさっと煮ながら食べるというのが、これがまたうまそうで、僕は卓上で鍋にものを入れるというのは、テーブルは狭いし、洗い物は増えるし、面倒くさいしで敬遠していたのだが、かなり気持ちが揺らいでいる。

それでとりあえず、この本に出ていた、「蛤の湯豆腐」というのをやってみた。
湯豆腐にハマグリと、イチョウ切りに切った大根を入れ、醤油に青ねぎとおかかで食べるという、まことに簡単な話。

ハマグリは中国産だと、けっこう安い。

土鍋にだし昆布をしき、豆腐と洗ったハマグリ、大根を入れて、火にかけ、煮立ってハマグリの口があいたら出来上がり。
アクがけっこうでるから、それを取ってみてもいい。

タレは、今日にかぎって、ポン酢を使ってみたのだが、やはりちょっと甘すぎで、本に書いてあるとおり、醤油だけのほうがよかった。
しかしまあ、こういうもので酒を飲むというのは、なんとも風情がありますな。

池波正太郎はこれに、「蛤のフライとソーセージに切れ目を入れて網で焼いたのを辛子醤油で食べる」と書いてあるから、僕も余り物的なものをということで、

去年の春から冷凍庫に入っていたサバの、塩焼き。
どんな味がするかと思ったら、意外にふつうに食べられました。
フライパンでフタをして、表裏強火で焼く。

キムチ。

酒は賀茂鶴、特別純米酒。
昨日も2合。

そして今朝は、いうまでもなく、このハマグリと昆布のだしに、隠し味ていどの淡口醤油と塩で味をつけて、うどん。
青ねぎも切らして、何ものせずに食べたが、いやこれは、たまらんですばい。
このだしは、あったかいご飯にぶっかけて食べてもおいしいかも。



池波正太郎のそうざい料理帖 (深夜倶楽部)
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檀流クッキング (中公文庫BIBLIO)