2010-11-05

尖閣ビデオ

昨夜、尖閣ビデオが流出した。YouTubeに投稿されていたものだが、海上保安庁の巡視船に対して中国漁船が体当たりしている様がはっきりと映っていて、これは現在、政府は非公開としており、国会で限定して公開したばかりというわけなのだから、海上保安庁の内部の誰かが、これを投稿したということなのだろう。

ビデオは元のものはアカウントごと削除されているが、コピーはすでに無数に出回っており、ここでも見ることができる。

これに対する反応は、これから色々と出てくると思うが、一つの典型と思われるものが、脳科学者茂木健一郎氏が今朝ツイッターに投稿した一文だ。

尖閣諸島の中国漁船衝突問題のビデオだと思われるものが流出した。これが本物だとしたら、関係者によるものと考えられる。素晴らしい。
民主主義の基本的前提は、一つひとつの問題について考えるための情報が誰にでもアクセスできるかたちで提供されることである。ある立場からすれば都合が悪いからといって情報を隠しては、理性に基づく判断ができない。
人々を信じなければならない。「こんな情報を出したら、社会の中にまずい動きが起こる」などとするのは、基本的に民衆を愚弄する考え方である。情報を提供して、その上でどう判断するか、人々を信じなければ民主主義は成り立たない。
世界の潮流としても、為政者の意図とは関係なく必要な情報はリーク(流出)するというのが大切な運動となりつつある。ウィキリークスは、そのうちノーベル平和賞を受けるだろう。今回の流出の関係者も、何らかの賞に値する。誰か出さないか。
再び明かになったのは、インターネットの重要な意味である。政府の規制に関係なく必要な情報を提供する。既成のメディアも、もしウェブに負けたくなかったら、同じような勇気と気概を持ってほしい。
インターネット以前ならば、どこかのテレビ局に持ちこみ、局の幹部が放送するかどうか判断していたろう。その過程で握りつぶされる可能性は十分ある。そのような恣意性なしに流出するネットの素晴らしさ。
情報の不在がもたらす最大の弊害は、人々の判断、行動が「部分最適」になってしまうこと。「大本営発表」と同じように、真実から離れた政府の情報操作は、結局はろくな結果をもたらさない。
今回の尖閣ビデオ流出に際して、姑息にそれを隠していた政府関係者は、自らの不明と卑劣を恥じるべきだろう。将来、自ら進んで政府がyoutube上に動画を載せるようになったら、日本はだいぶ進歩したことになる。
今回の尖閣ビデオ流出は、関係者を含む日本の民度が高く、日本の民主主義が健全に働いていることを示す画期的な事件であり、このところ暗いニュースばかり続いていたわが国にとって、寿ぐべき慶事である、

これはまったくあり得ないことで、茂木氏は狂ったとしか思われない。

これが例えば、政府の弾圧を受けている一般市民が、その実態を世界に知らしめるためにやった、とかいうことならば理解できるが、そうではなく、これは海上保安庁という、海上において逮捕権も持つ、れっきとした国家権力の一員が行ったことだ。

国家権力が政府の指揮を外れて、自らの判断で勝手な行動をするようになった時、どんなに恐ろしいことが待ち受けているのかということは、歴史が証明している。昭和初期、関東軍は政府の決定を無視して、中国に進攻したために、最終的に日本は、避けるべき戦争に突入し、悲惨な末路をたどった。

現在海上保安庁は、中国とのますますの緊張状態のなか、尖閣諸島周辺の保安を行わなければならないところにある。その組織が、政府の統制を外れて勝手なことをするのだとしたら、まかり間違えばそこで戦争すら勃発しかねない。

中国に対する政府の弱腰な対応について、海上保安庁の隊員たちのあいだに、不満が高まっているということは、理解できなくはない。しかし権力を持つ人間が自分の勝手な判断で法律や政府の指示を無視した行動を行ったということで言えば、これは大阪地検の検事がフロッピーディスクの改竄を行ったことと何も変わらない。

先日公安の捜査資料が、やはりインターネットに流出したということがあったが、これらのことを見ると、日本は壊れかけているとしか考えられない。

いちばん怖いのは、世論が今回の行為を褒めたたえることだ。茂木氏の上の一文もそうだし、実際ネット上には、ビデオの投稿者を「英雄だ」「あなたこそが真の愛国者だ」と賛美することばであふれている。

昭和初期、関東軍も、世論の圧倒的な支持を得た。太平洋戦争が開戦したときには、多くの国民が喝采を上げたそうだ。その過ちを繰り返してはならない。

影響力の大きい茂木氏には、そのような観点から、今回の発言について、再考を願いたい。