2009-11-05

小林秀雄全作品21 美を求める心

この「全作品21」を読みながら気付いたのだが、これまで僕は、小林秀雄の作品を年代順に追いながら、その時々の小林秀雄の気持ちとか、人生のストーリーとか、そういうものを、無意識に読み取っていたのだな。それでそれを自分の人生に重ねてみたりして、ふむふむ、とか思っていたところがあったのだ。ところが、全集を読み進み、小林秀雄の年齢が自分の年齢を超えたあたりのところから、そういうものを読み取ることが、まったくできなくなってしまった。この全作品21は、小林秀雄が52歳から56歳までの間の作品が収められているのだが、それぞれ面白く読めはするのだが、そこから小林秀雄の人生を感じることは、なかなかできない。やっぱり年齢って、あるんだな。その年齢なりに、経験しているものっていうのが、やっぱりあって、その先はまだ、経験していない、ということなんだな。面白いな。

この全作品21の中で、何と言ってもいちばん面白いのは、やはり表題にもなっている、「美を求める心」。これは文庫本で読んだ時にも、大変印象に残っていたもので、今回読んでも、やはりいい。これは小林秀雄を読んだことがない人には、ぜひまず真っ先に読んでほしいな。高校生の教科書とかにも、採用してほしい。もう採用されてるかもな。文庫では、文春文庫の「考えるヒント 3」に入っている。

ちょっと冒頭の部分を、引用してみようか。

近頃は、展覧会や音楽会が盛んに開かれて、絵を見たり、音楽を聴いたりする人々の数も急に殖(ふ)えてきた様子です。その為でしょうか、若い人達から、よく絵や音楽について意見を聞かれるようになりました。近頃の絵や音楽は難しくてよく判らぬ、ああいうものが解るようになるには、どういう勉強をしたらいいか、どういう本を読んだらいいか、という質問が、大変多いのです。私は、美術や音楽に関する本を読むことも結構だであろうが、それよりも、何も考えずに、沢山見たり聴いたりする事が第一だ、と何時(いつ)も答えています。

極端に言えば、絵や音楽を、解るとか解らないとかいうのが、もう間違っているのです。絵は、眼で見て楽しむものだ。音楽は、耳で聴いて感動するものだ。頭で解るとか解らないとか言うべき筋のものではありますまい。先ず、何を措(お)いても、見ることです。聴くことです。そういうと、そんな事は解り切った話だ、と諸君は言うでしょう。処(ところ)が、それはちっとも解り切った話ではない、諸君は、恐らく、その事を、よくよく考えて見たことはないだろうと言いたいのです。
と来るわけだ。で、このあと、それがどういうことかと言うと、という話が続くのだ。小林秀雄の文章は、癖のあるのが多いのだが、この文章は、例外的にきれいで、かつ、小林秀雄のエッセンスみたいなものが、丸ごと、詰まっている。

小林秀雄全作品〈21〉美を求める心

考えるヒント 3 (文春文庫 107-3)