2008-12-27

広島市堺町 とんかつ 「さち」


広島のとんかつは、まずいと思っていた。
とんかつ好きの僕としては、広島に来て早々、Webで一番うまいと目される店を調べて食べに行ってみたのだが、何だこれは、という感じだった。
衣が固くて、口の中に刺さるかと思う位なのである。
広島ではとんかつはあまり食べる習慣がないんだなとそのときは思い、それから広島ではとんかつを食べていなかった。
だいたい広島ではとんかつ屋自体、あまり見かけないし。

しかしこの店、僕はこの前の道を時々チャリンコで通るのだが、どうも僕を呼んでいるのだ。
以前から呼ばれているなと思ってはいたが、今日ついに食べに入ってみた訳だ。

とんかつの他にエビフライとか、まあそういうかつ料理一般を出す店。
夜はお酒も飲めるようにしてあるようだ。
平日は800円程度でランチがあるみたいだが、今日は土曜日。
なので「ロースカツ定食」1,280円を注文。
「幻霜ポーク」というのを使用した「特選ロースカツ定食」というのもあるみたいで、そちらはレギュラー(120g)1,580円から。

料理が出るのを待ちながら、店の「口上」を書いたもの


を眺めていたのだが、この店のとんかつ定食には特製の「タレ」が付くみたいで、

「さち(この店)のとんかつの衣は歯ごたえ十分。
タレに浸すことで、ほどよいサクサク感と衣に染み込んだタレの旨味とが絶妙な調和を生み、肉の味を一層引き立てます」

とある。
「とんかつの衣が固い」ということが、この店のセールスポイントになっているようなのだ。

どういうことかなと思いつつ、運ばれてきたロースカツ定食


を食べてみる。


たしかに衣は、「がりっ」と音がするかと思うくらい固い。

「タレ」というのは、


ニンニク醤油に大根おろしとウズラの卵が入っている、という感じのもので、「とんかつをタレによく浸してお食べください」と、わざわざ店員が説明してくれる。

言われたとおり、ガリガリのとんかつをタレによく浸して食べるうちに、分かったのだ。
広島のとんかつは、まずいのではなく、「違う」のだ。
東京のとんかつとは、別の進化の道をたどっているのである。

とんかつというのは元々、まあ詳しくはないのだが、たぶん明治時代に日本に西洋料理として入ってきて、それが日本人の口に合うように変化するという、進化のプロセスをだどってきているだろう。
「洋食」というものが実は、フランスなど西洋の料理を日本風にアレンジしたものであって、「仔牛のコートレット」が日本人にとってはしつこかったので、牛肉を豚肉に替え、粉チーズを卵に替え、そしてご飯は皿に盛り、ご飯に合うソースとしてウスターソースを使い、というように様々な工夫がほどこされてきたものなのだ( )。

東京ではさらに、とんかつが和食化するプロセスとして、ナイフとフォークではなく箸を使い、ソースは醤油のように卓上に置いて自分でかけるようにし、味噌汁とおしんこが付き、ということになっていった。
また東京流の、良くも悪くも「素材主義」というようなものがあって、「おいしいとんかつは塩で食べてもおいしい」という考え方があり、実際僕も東京では、とんかつを食べるのにソースは使わず、かけるとしても醤油、でもそれも初めからかけずに、まず塩で食べて、気分によって一切れごとに塩と醤油を使い分けたりしていた。
だから当然、衣はさっくりとはしているが、固くはない。

これが名古屋に行くと、とんかつが東京とは違った進化の道筋をたどったことが分かる。
名古屋といえば「味噌カツ」なわけだが、名古屋には「とんかつ屋」というのは東京に比べると少なくて、洋食屋でとんかつを出す、ということが多い。
だいたい洋食屋というもの自体が、東京ではほとんどお目にかからなくなっているのだが。
だからソースは自分でかけるのではなく、初めからかかって出てくる。
それでは名古屋ではとんかつが和食化していないのかと言えばそうではなく、そのかかっているソースが「味噌である」という、東京とはまた違った強烈な形での和食化が進んでいる、ということなのではないかと思うのだ。

まあこれは僕の印象のようなものなので、実際のところは違ったりするかもしれないが。

ということで広島のとんかつに話は戻るのだが、広島のとんかつと東京のとんかつは、名古屋ほどは違わず、わりと最近まで似たような形だったのではないかという感じがする。
しかしその先、東京が「塩で食べる」という素材主義に向かっていった道を広島は進まず、「衣のおいしさ」というところに着目し、それを追求する道を進んだのだろう。
「ソースをたっぷり含んだ、ひたひたの衣がおいしい」という感覚は、何となくお好み焼きに通じるものもあるような気がする。
衣をそのように味わうのだとすると、自然、ソースでひたひたになっても崩れてしまわない、固い衣がいい、ということになっていく。
それが広島のとんかつだ、ということなのではないかと、まあこの「さち」でとんかつを食べて、思ってみたりしたわけだ。
この店の場合、衣をひたひたに浸すものが、ソースではなく、特製のタレである、というところが、さらにもう一歩、踏み込んでいるわけだが。

ちなみにこの店、食後にはコーヒー


を出してくれて、店員の感じも良く、なかなかいい店だった。
ご飯と豚汁のおかわりも無料である。

とんかつ料理 さち (とんかつ / 小網町、土橋、天満町)
★★★☆☆ 3.0