2008-05-03

『残業ゼロの仕事力』 吉越浩一郎著

世に経営や仕事のやり方についてのノウハウ本は多いが、「残業ゼロ」という視点は新しい。著者が婦人用下着会社トリンプの社長を20年にわたって務め、残業ゼロを提唱、実行し、それによって会社の業績を大きく成長させたということは耳にしていた。残業をなくすことにより仕事の密度を上げ、効率化するということなんだろうとは思ったが、実際にどういうことなのか興味を持ち、この本を読んでみることにした。

読み終わってみると、きわめて爽快な気持ちになった。

もちろん本の大部分は、残業をするという、今の日本の会社では当たり前ともいえる考え方が、じつは会社の業績をいかに落とすものであるかが語られるところから始まり、残業をなくし、かつ業績を上げるために何をしなければならないのか、そのために会社のトップがどのような役割を果たさなければならないか、トップでない人はどのような気構えで仕事をすべきであるのか、などということについて書かれている。

読み進むと、内容についてはすべてもっともで、共感できるのだが、それでは実際にこれを読んで何らかの形で仕事のやり方なり、会社のあり方なりを変えようという気持ちになる人がいるのかなと疑問を持った。物事の個別のやり方というものについては、人は結局、分かることしか分からない。自分も含めて、この本を読む人はすべて、「ふむふむ、そうだそうだ、日ごろ自分が考えているとおりだ」と思うにちがいない。自分が思っていなかったことが書いてあったとしても、それは簡単には受け取ることができないし、それ以前におそらく、認識することすら難しいからだ。

著者もこの本に書いているのだが、人間が考え方なり、やり方なりを変えるというのは、生半可なことでは実現しない。それはもちろん自分自身についても言えることだが、人間が自分の目に入ったり、耳に聞こえたりすることは、現実そのものではない。現実を自分の物の見方によって解釈したものであり、したがってそれはほとんどが、自分に都合のいいものになる。この本を読むと、著者は会社で社長として、「残業するのは当然だ」という社員の考え方を変えるために様々な工夫をし、ほとんど闘争とも呼べるようなことをやってきているのだが、この本にそこで見つけた内容をただ書いたとして、それによってこの本を読んだ人が自分の考え方を変えることを、著者は本気で期待しているのだろうか、それともただ成功者として、自分が正しいと思うことを無邪気に人に示したいだけなのだろうか、そんなことも読み進みながら思ったりした。

しかし違うのだ。本の後半部分にまず登場したのが、「独立の進め」。著者もそのようなことは百も承知なのだ。本当に機能的な組織を作りたいと思ったら、自分で一からそれを作るしかない。著者が今、会社を辞め、一人になって仕事を始めたという経験をふまえながら、独立して自分で仕事をすることがいかに快適か、そして独立するためには、今、組織の中で学ぶことが山ほどあるということが語られる。

さらに最終部分では、人生についての当たり前な事実が、改めて確認される。人生のなかで、仕事から引退して、仕事以外の自分の楽しみを中心にすえることになる時間というものは、仕事する時間と同じくらいか、場合よってはそれ以上に長いのだ。仕事そのものが人生になってしまったとき、その仕事が終わったら何をしたら良いのか分からなくなってしまう。そうではなく、定年になる前から、その後の準備を少しずつでも始めていかなければ、自分自身の人生を豊かなものとして見つけていくことは難しい。あくまで仕事は人生の一部。そうであるなら残業ゼロは絶対に必要なのだと説く。

短くてすぐ読める本なのだが、内容はきわめて濃い。一見ノウハウ本なのだが、じつははそれにとどまらない。本という制約の中で、人の考えを変えることがどう可能なのかについて、人間の本質をも見きわめながら、きちんと考えられている。

自分自身の人生をどう生きるかが、人間誰にとっても、言うまでもなく中心課題である。この本はそのことについて、改めて深く考えるきっかけをくれるものであると思う。

日本能率協会マネジメントセンター刊。1,400円+税。


Amazon.co.jp: 「残業ゼロ」の仕事力